tn198403s 高校時代blog

「人生に無意味な時間は無い。ただ、その時間の意味を感じることなく生きているだけである。」この言葉を確かめてみようと、徒然なるまま、私の高校時代(1984.03卒業)の意味を振り返り綴るブログです。

音楽18.勇気って何?『不良少女白書』(榊原まさとし)と『2年B組仙八先生』

前回「音楽17.『萌ゆる想い』(さとう宗幸)と『2年B組仙八先生』」の記事を仕上げた後で、(やっぱり『仙八先生』の挿入歌『不良少女白書』にも触れておきたいな)と思いました。きっと『萌ゆる想い』より、たくさん口ずさんできた私ですから。

2年B組仙八先生』全45話の中に「不良少女白書」のタイトルが3回あります。そこに、歌『不良少女白書』(歌:榊原まさとし(ダ・カーポ)、作詞作曲:さだまさし)が挿入されていたのです。

 

 

頼りない記憶

 ただ、その回がどんなストーリーだったのかはあまり憶えていません。少女がどこかの小屋だったか2階にひっそり隠れていたシーンと、再び学校に向かうシーンで挿入歌が流れ、教室の席に着いた時に、少女が「100じゃなければ0かあ。」と呟いていた記憶がぼんやりあるくらいです。でも、その台詞は歌詞にも通じるものでした。

 

また、その少女は典型的な不良少女ではなく、見た目どちらかというと優等生風だったように思います。ところが、ネットで検索してみると「長い髪のちこっと問題ありげな不良少女?みたいな女子」と「物静かで大人びた彼女に強い憧れを持った」という文章に行き当たりました。私のイメージと少なからず、ずれがあるようで混乱してますが、記憶違いならその記録として残しておくことにしました。

 

歌詞について

『不良少女白書』でよく取り上げられる歌詞は、

「人には黒く見えるカラスが 自分には白く見えてしまう

 黒く見ようと努力したのに 人は大声で 聞いてくる」

「100じゃなければ 0ですか」

でしょう。 

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イメージ 黒く見えるカラス、白く見えるカラス 100 と 0

でも私の中で強い印象がある歌詞は

「自分に正直に生きるなら 風に逆らって生きるのなら
 居直る事が 勇気だなんて 自分に甘えるのは およし」

の部分です。

 

勇気って何?

『仙八先生』の最初の回「教科書なんか焼け!」では、みんなで一緒に教科書を焼いてしまおうとクラスで話が盛り上がります。そして、夜に集まって火を起こし、次々教科書を放り込みます。火はどんどん大きくなり、みんな興奮状態になっていくのです。

でも、その場には来たものの、教科書を燃やすことにためらう生徒もいました。悩む生徒にむかって、他の生徒が

「なんだ?勇気がないのか?」

と言葉をかけ、悩んでいた生徒も

「そんなこと、あるもんか。」

と、ためらいを振り切って教科書を火に投げ入れてしまうのです。

 

ためらっていた生徒は、後にそのことを仙八先生に話します。仙八先生は

「勇気っていうのは、正しいと思うことを貫くことだぞ。悪いと思ってやることは勇気ではない。」「それは必ず後悔を生む。」

そんな話をしていました。

(記憶違いだったらごめんなさい。)

 

「自分に正直に、風に逆らって」生きること

そんなエピソードで始まったドラマだったので、『不良少女白書』の「居直る事が 勇気だなんて 自分に甘えるのは およし」の歌詞が胸に刺さったのだと思います。

歌詞の伝えたいことは、

「自分に正直に生きようとすれば、風(それは周りの流れや風潮)に逆らわないといけないこともあるだろう。そんな時、それならもうどうでもいいと自分の考えを捨ててしまったり、世の中が悪いと決めつけて孤独を決め込んだりするのは勇気ではなく、甘えているだけだ」

一言で言うなら、「周りに流されず、自分らしく生きなさい」でしょうか。

もう一歩踏み込んで「自分の風を起こす勇気を持って欲しい」かも知れません。

 

ぼんやりした記憶では、教科書を焼いた事件が学校に知れ渡った後、生徒達は職員室で教科書を印刷し綴じる作業に追われます。教科書を焼かずにいた生徒が作業を率先していたような。教科書を焼いた者の中には手伝わずにいた者もいたような。このとき三田寛子は印刷した教科書の紙をそろえていたような・・・。そして結果、クラスの結束が強まることになったような・・・。

「せっかく焼いてすっきりしてたのに、また手にすることになって残念だな。」

「一生懸命作ってたから貰っておいてやる。」

教科書を焼くと言い始めた生徒の中にはそんな悪態をつく者もいたような。

でも、嬉しそうな顔でもらっていた者もいたような。

(記憶に自信が無いですが・・・)

 

ドラマの中で「勇気がないと思われたくなくて教科書を焼いた」と後悔した生徒も、教科書を焼かなかったけれどその復元を手伝う生徒も、悪態をつきながら復元した教科書を受け取る生徒も、それはそれで自分に正直に生きる姿の様にも思えました。

 

勇気の形はきっと人それぞれ

歌は「居直ることは勇気ではない」と言いつつ、何が勇気かは示していません。でも、手掛かりなる歌詞はあります。

少し若さに思い上がり 転がる方が楽だと覚え
本当はとても優しいくせに すねて見せるだけの意地っ張り

本当はとても優しいのに、すねて見せているだけだと言うのです。当の不良少女がこれを肯定するのか否定するのかは不明ですが、本当の自分と、先に述べた正直に生きる自分は同じ意味だと思います。

 

究極の二択で自分に正直な選択をするために振り絞るだけが勇気なのでなく、日常で本当の自分を正直に出すことも、変な意地を張らないことも勇気だと思います。むしろ、日常の勇気がいざというときの勇気を後押ししてくれる気もします。

だから、きっと勇気の形は人それぞれでいいのだと思うのです。

 

わからないということ

歌詞は

自分の夢がわからない ああ

と、放り出された感じで終わります。

 

小屋に隠れ、学校に戻った時に「100じゃなければ0かあ。」と呟いた少女は、その言葉に納得したようにも、納得できないようにも見えました。それが「自分の夢がわからない」姿のように思えて、印象に残っています。

 

「本当の自分を正直に出す」のが勇気だとしても、「本当の自分」の姿も、それを「正直に出す」姿も、自分でもなかなかわからないというのが実際でしょう。

 

ただ、わからないからどうでもいいとなるのではなく、

わからないから、より一層自分を探してほしい。

たとえ、周りが受け入れてくれなくても、自分をあきらめてはいけない。

それが、この歌のメッセージのように思うのです。

 

 

今週のお題「わたしの好きな歌」

音楽17.『萌ゆる想い』(さとう宗幸)と『2年B組仙八先生』

3年B組金八先生』シリーズが有名ですが、その姉妹シリーズの一つに『2年B組仙八先生』(1981.4.17 - 1982.3.26 放送)がありました。長髪より口ひげの印象が強い仙八先生。金八先生とは別タイプの優しさと強さがあるのが魅力に思えて、高校1年の時、毎週観ていました。

シブがき隊(本木雅弘薬丸裕英、布川敏和:なお、一時は「仙八トリオ」とも言われていたようです)、三田寛子のデビュー作品でもありました。

 

その主題歌が、仙八先生を演じたさとう宗幸による『萌ゆる想い』でした。

ゆるやかな坂道を のぼりつめたこの広場で
人の波にもまれながら はじめて君を識(し)った

有名な『青葉城恋唄』を先に聞いていたかは不明ですが、いつからかこの歌を青葉城仙台城)に続く坂道だと思うようになっていました。

 

その思い込みは、1999年に南東北の旅で初めて仙台を訪れた際、仙台駅から青葉城まで歩く決意に結び付きます。google map で確かめてみると、約3.2km。広瀬川に架かる橋を渡り、仙台博物館の横から続く坂道を、うろ覚えなこの歌を口ずさみながら進んだのです。

 

 この歌の謎は「人の波にもまれながら はじめて君を識った」です。

「知る」ではなく「識る」である理由、それも「人の波にもまれながら」なのは何故でしょう。全然知らない人の波(群れ)の中で、既に知っていた君を改めて(はじめて)識ったという意味に思えて不思議でした。男女の運命的な出会いのラブソングとは別に思えました。

番組を見ていた頃は、先生と自分が担当する生徒との出会いで、広場とは学校の運動場、人の波は全校の生徒かな等と考えましたが、どうにも不自然さを感じさせるのが続きの歌詞です。

ふりかえれば 長い道程(みち) 二人が出会う日まで
だから今は 陽光の中 君のために生きている

「二人が出会う」となっていますから、先生と生徒とは違うだろうなと。

 

そんなことも思い出しながら、また、あちこちにある城の石垣や、矢倉、門など見ていました。歴史を感じる長くゆるやかな坂道です。冬ながら汗ばんでくるほど歩いて、のぼりつめた先で見つけたのは伊達政宗騎馬像。

なるほど、観光客の人の波にもまれながら、既知の伊達政宗の像を改めて認識したという意味なのかもと思ったのでした。 

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伊達政宗騎馬像のイラスト

まさか長い道程が、仙台駅からの3.2kmではないでしょう。さとう宗幸伊達政宗の人生や思いを詳しく識るまでのことかな?等とぼんやり考えていました。その後に続く「君のために生きている」と言う部分に、まだ上手くつなげられなかったからです。

 

そんなもやもやもあったので、今回、あらためて伊達政宗騎馬像について、調べてみました。するとwikipediaに、

アジア・太平洋戦争下で日本が物資不足に陥ると、国家総動員法にもとづく金属類回収令により1944年(昭和19年)1月に供出され、仙台城から同像は姿を消した。

とありました。その史実を知ると、先の歌詞に合点がいきます。「ふりかえれば 長い道程(みち) 二人が出会う日まで」は、失われた後1964年に復元されるまでのことが含まれているのではないか?「だから今は 陽光の中 君のために生きている」は、今は平和の中にあり、像が二度と消されない(つまり、戦争が起きない)ように生きているという意味ではないか?

一見おっとりとした歌詞ですが、そこに強い思いもあるのだと、そんな風に思えてくるのです。

 

不思議なもので、そう考えると『2年B組仙八先生』の心の内を新しく一つ知った気がします。『金八先生』に比べると、押しが弱いと言うか、おっとりしている感じですが、それでも、内側には強い意志がある先生の姿そのままの歌だったのではないでしょうか。

 

相変わらずの、私が勝手にこじつけた解釈なのかも知れません。

 

でも、さとう宗幸は、『2年B組仙八先生』主演の後、NHK大河ドラマ独眼竜政宗』で支倉常長を演じますが、その後、主な活動場所を仙台に戻しています。

そんな彼の生き様と『萌ゆる想い』歌詞が重なるのです。

 

歌詞の最後はこうです。

祈る心はふるえながら 君住む街へ 駆けてゆく

まるで、『萌ゆる想い』はさとう宗幸自身の望郷の歌であるかのようとは、考え過ぎでしょうか。

  

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<余談 『桜中学シリーズ』>

『桜中学シリーズ』は、『3年B組金八先生』と同じ桜中学を舞台にしたシリーズです。

全45話が放送された『2年B組仙八先生』は、その4作目にあたります。


3年B組金八先生(第1シリーズ)(1979.10.26 - 1980.3.28)主演:武田鉄矢
1年B組新八先生(1980.4.4 - 1980.9.26)主演:岸田智史
3年B組金八先生(第2シリーズ)(1980.10.3 - 1981.3.27)主演:武田鉄矢
2年B組仙八先生(1981.4.17 - 1982.3.26)主演:さとう宗幸
3年B組貫八先生(1982.4.9 - 1983.3.25)主演:川谷拓三

途中、仙八先生のスペシャル番組が 1984年4月6日にありましたが、それ以降、3年B組金八先生(主演:武田鉄矢)のみのシリーズとなって定着しています。

 

実は、武田鉄矢が演じる金八先生は、当初、岸田智史が演じる予定だったとか。もし、予定通りに金八先生岸田智史が演じていたら、金八シリーズは、全然違うものになっていたかも知れません。

 

今週のお題「わたしの好きな歌」

この半年の記事、お気に入り3つとアクセス数 best10

2020年上半期、前回はアクセス数でしたが、今回は記事を振り返ってみます。対象は2020年1月1日~2020年6月30日までに書いた50記事と、その間にアクセスの多かった記事です。

 

 

私のお気に入り記事3選

自画自賛ながら、3記事をピックアップ。

1.「映画14.祖父母が亡くなったのに涙が出ない私と『東京物語』」

去年12月に母が亡くなった時のことを、ずっと記事にできませんでした。いろんな思いが絡まっていた上、まとまった時間もとれなかった中、自分なりに気持ちの整理ができた記事です。

東京物語』を観て、それまでの悩みから救われた気持ちになったことを書いています。でも、そのきっかけを与えてくれたのが、NHK土曜ドラマ『心をいやすということ』でした。

でも、実はまだこの記事も未完のままです。カテゴリー「母のこと」は、これからも機会を見つけながら書いていきたいです。

 

2.「授業16.『こころ』(夏目漱石)は鉛のような話」

カテゴリー「高校の授業」は、なかなか筆が進んでいませんが、大事にしたいカテゴリーです。映画や音楽のように、改めて見たり聞いたりもできません。その当時の記憶が頼りで、ノートや教科書も処分済みで、記憶違いもありそうです。

このブログを書き始めてから、再生できない授業はコンサートのライブより貴重だったかもと思うことがあります。もちろん、コンサートに比べると、授業は準備や練習もなく、行き当たりばったりで、居眠りや落書き、他のことを考える等も多かったです。でも、わからない悔しさ、不安に対して真剣に向き合った経験も、授業ならではだったとと思います。

授業のあった当時のことだけではなく、その後にどう繋がったかも書いておきたいです。授業のほとんどは忘れてしまうものですが、そんな中で残ったものの中に、唯一無二の替えようのないものがあるように思うのです。

もし、万が一、高校生がこのブログを読むことがあった時、授業が大切なこともあるんだなと知るだけでなく、感じてもらえたなら感無量ですと、夢は大きく持っています。

 

3.「高校時代、うどん屋さんと言えばここでした。」

高校時代によく通ったうどん屋は、母が入院していた病院の近くだったので、30数年ぶりに食べに行く機会を得ました。

ずっと変わらぬまま続いていることの良さを味わった気分。うまく表現できたか自信はありませんが、記事にできたこと自体が嬉しかったです。

 

 

半年間でたくさん読まれた記事

ブログのTOPページは別として、google アナリティクスで2020年1月1日~2020年6月30日の間にたくさん読まれた(正確には「アクセスがあった」)ページ、best10 です。2~5位には、イメージと極短い紹介文を添え、6~10位はテキストのリンクと紹介文にしました。

第5位 「tn10.「人間は考える葦である」(パスカル)を考える」

ある意味「人間であるなら考えろ」

 

第4位 「遊び12.正直地蔵とうそつき地蔵」

「疑うことなく信じるなかれ、信じることなく疑うなかれ。」

 

第3位 「空の写真(2)不思議な彩雲と雲の謎めく動き」

「雲のかくれんぼ」の楽しみ、少しでも伝わったなら嬉しいです。

 

第2位 「授業16.『こころ』(夏目漱石)は鉛のような話」

「鉛のような飯」とは、何を強調したかったのでしょう。

 

第1位 「遊び9.ひらがなの一筆書き問題とその謎、その魅力」

「すべてのひらがなは一筆書きできる」

ほぼ、1年前の記事です。現在、この記事は、google検索で一番多く訪問があります。3月頃からアクセス数が増えてきました。今だけと思いますが「ひらがな 一筆書き」でgoogle検索をかけると、かなり上位に表示されます。yahoo検索でも上位です。

筆のイラストがなかなか上手く描けていると思う点でお気に入り記事ですが、「すべてのひらがな(文字)は一筆書きできる」とは強引なこじつけだと自認してるので、この記事が1位なのはちょっと複雑な気持ちです。

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うどんと鉛の飯と一筆書き

6位~10位の記事

テキストリンクと極短い紹介文を貼っておきます。

6位 「映画18.『刑事物語』(1982年)と武田鉄矢

武田鉄矢の出演歴から外したくない、彼の意気込みを強く感じた作品。

 

7位 「映画14.祖父母が亡くなったのに涙が出ない私と『東京物語』

この映画は、大事な人が亡くなっても涙が出ない私を許してくれました。

 

8位 「授業15.わたしの英語力と”Remember Pearl Harbor”

日本語であれ、英語であれ、相手に伝えたい何かがある。

 

9位 「遊び28.『なんだ君の冒険』(2コマ?4コマ?漫画)にチャレンジ

2コマで4コマの漫画。高校時代のアイデアを再現。

 

10位 「遊び26.「めくり貧民」は、ほぼ一択の二人対戦特化型トランプゲーム(実践編)

二人の間で形勢が逆転に次ぐ逆転で進んで行く「めくり貧民」の面白さ。

 

半年を振り返って

振り返ってみると、それぞれの記事に思い入れがあります。読み返してみると「気持ちが前面に出過ぎて、ちょっと押しつけがましいかな?」と思うものや、イラストについての苦労や手抜き、記事にして初めて知ったり気づいたりした等々。

ブログで公開している以上、良い記事かどうかの判断で読者さんとの温度差などもあると思います。その辺は、ブログの宿命でしょう。一方で、記事について思うことをブクマやコメントをいただくこともありました。これは、ブログの醍醐味とも言えるでしょう。

これまでの記事は、それ以前のものも含め、どれも書いてよかったと思っています。

誰かに知ってもらえる喜びももちろんあります。知らなかった人とブクマやコメント、記事、twitter等で共感できる楽しさもあります。読者の皆さんに感謝です。

一方で、ブログに書かなければ、知らなかった、気づけなかった自分に気づいたこともあります。この「高校時代blog」は、ジャンルとしては思い出ブログになるのでしょうが、気分は発掘ブログです。見直す内に、新しく見えてくるものも意外と多いです。

その辺りも、上手く伝えられるブログにできればいいなと思っています。

今後もよろしくお願いします。

 

 

今週のお題「2020年上半期」

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<余談 タイトルだけ紹介>

実を言うと、お気に入り3選では、3つめの記事をどれにするか、かなり悩んでしまいました。上の記事では紹介できなかったものの、選考に残った3記事のテキストリンクを貼っておきます。

「わかる楽しさ、できる喜び、役立てる有用感」につながる勉強法

遊び24.「へのへのもへじ」を女の子にしてみた

「愛の反対は憎しみではなく無関心 」とマザー・テレサのバトン