tn198403s 高校時代blog

「人生に無意味な時間は無い。ただ、その時間の意味を感じることなく生きているだけである。」この言葉を確かめてみようと、徒然なるまま、私の高校時代(1984.03卒業)の意味を振り返り綴るブログです。

遊び42.マフラーを編んだら、世界が変わった話

編み物をしたことはありますか?

高校2年の晩秋、編み物の世界を知りたくて、マフラーを編んでみたことがあります。初めての挑戦でしたが、少しは冬を暖かくすごせるかもと夢は大きかったです。

 

実は、きっかけは某科学雑誌の記事でした。

「編み物は2進法の世界である」

とのこと。2進法はコンピュータの世界にも通じているという内容でした。これは是非とも編み物に挑戦しなくては!と思い立ったのでした。変な動機です。

 

※この記事は『tn40.ネタ帳20210115 5つの話題宣言

の「2.編み物の話」にあたる記事です。

 

 

入り口は2進法

2進法は結構身近な存在でした。テストで選択肢に悩んだ時に鉛筆転がしで決めたこともありますが、その鉛筆がこちら。

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鉛筆転がしの2進法

普通に数字にしたら鉛筆で答えを決めているのがバレバレなので、姑息にも2進法のデザインを考えたのです。1=□□■、2=□■□、3=□■■、といった具合。2進法なので白を1と考えれば1=■■□、2=■□■、3=■□□、としても使えます。2択なら黒が多ければ〇、3択なら黒が2つ並んだ場合、白が2つ並んだ場合、白黒がバラバラな場合等々。ま、2択なら1~3と4~6、3択なら1、2と3,4と、5,6でも良いですけけど。5択や4択の問題も、これは違うというのを外して2択か3択でやってました。

 

2進法に関心を持つ人は少ないと思っていましたが、この記事に手をつけたタイミングで、LSSさんが過去記事をツイートされていました。

意外と身近なのかも。記事を仕上げるようエールをもらった気がしました。(って、もうずいぶんと前の話ですが)

 

編み物と2進法

雑誌では「編み物のデザインは表編みと裏編みで作られている2進法の世界」とのことでした。それまで2進法は2次元の世界というイメージだったので、それを覆された感じがして、まだ知らない2進法の世界を覗いてみたくなったのです。

 

母は以前、編み物をしていました。私が小さい頃、青と緑の毛糸でセーターを編んでくれたことがあります。お気に入りの一着でした。緑や青が好きなのはこの影響かもと思うほど。

 

道具があると知っていたので、突然母に編み物がしたいと告げ、針と毛糸玉、本も貸してもらっての挑戦でした。

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初めての編み物 くさり編み

最初のくさり編みは雑誌の写真のようにできている気がしたですが、そこから先の編み目がやたらと複雑になってしまうのです。どうやっても写真のようにはなりません。表編みと裏編みだけしかないはずなのに、何で?としばらく格闘しましたが、何ともならず、母に質問しました。

 

「それ、針が違う。」

「え?針が違っても、編み目は表か裏しかないのに?」

「編み方が変われば、編み目が違うのは当たり前。」

 

かぎ針編みと棒針編みで編み目が違うことも知らずに、かぎ針編みでメリヤス編みに挑戦していたのです。この時になって「編み物の世界は表編みと裏編みしかない」を誤解していたと気づきました。

 

2進法の世界といっても、1と0、〇と×、■と▲等、どんな要素で構成されているかで見た目が違うのは当然です。どんなに1と0と駆使しても、■▲■▲にはなりません。かぎ棒編みで、メリヤス編みができない訳です。

 

ちなみに、かぎ針編みにも、表編みと裏編みがあります。ただ、その目の見分けは今もよくわかりません。

 

表編みと裏編み

ともかく。二本の棒針を借り直して、編み物再開です。

 

科学雑誌には、メリヤス編みと裏メリヤス編みの写真があったと記憶しています。違いが分かるよう二つをイラストにしてみました。イメージ的にメリヤス編みはVネック、裏メリヤス編みはUネックと憶えています。

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メリヤス編みと裏メリヤス編み

雑誌には「メリヤス編みは表編みだけでできる一番基本の編み方」とありました。

表編み、表編み、表編み・・・。

表編み、表編み、表編み・・・。

表編み、表編み、表編み・・・。

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表編み イメージ

ひたすらに表編みを繰り返しました。

交差する棒針は左手の棒針が上、右手の棒針が下になるように刺して編みます。

なのに、メリヤス編みの編み目にはならず、表裏とも裏メリヤス編みに見えるのです。後に、これがガーター編みと知りますが、その時はまだ裏メリヤス編みとの区別ができません。

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ガーター編み

表編みのつもりで編んでいたけれど、逆だったのかもと思い直して

裏編み、裏編み、裏編み…。

裏編み、裏編み、裏編み…。

裏編み、裏編み、裏編み…。

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裏編み イメージ

裏編みは、左手の棒針が下、右手の棒針が上に交差するように刺して編みます。

ひたすらに裏編みを繰り返しました。

結果、またしても表裏とも裏メリヤス編みに見えます。

 

何だ?これは??

表編みで編んでも、裏編みで編んでも、同じってどうゆうこと???

表編みと裏編みの2進法の世界のつもりが、表も裏も区別がつかないメビウスの輪状態になってしまったのです。

 

またもや挫折。表編みと裏編みしかない世界で、こんなに悩まされるとは思っていませんでした。棒編み経験のある人は私のミスに気づかれたかと思います。初心者あるある話です。編み方に表編みと裏編みしかなくても、編み物には表目と裏目があるのでした。

 

表目は表編みで裏目では裏編み

いろいろ確かめました。編み物のきっかけは科学雑誌でしたが、この段階になると母の持っていた編み物の本の方が頼りになります。本を発行していたヴォーグ社という名前もこの時に覚えました。結果、表目は表編みで裏目は裏編み、そうすることによって、はじめて表目が全部表編みのメリヤス編みになると理解できました。試したことは無いですが、表目を裏編み、裏目を表編みでもメリヤス編みになるはずです。(糸がねじれて変になる可能性はあります)

 

どうしてそうなるのか、理屈はよくわからないままでしたが、表目と裏目の見分けが大事だと肝に銘じ、棒針を持ち換えるたび、中島みゆきの歌を歌っていました。

「うら、みま~~~す♪」また「おもてみま~~~す♪」とも。その部分だけです。おかげで表目と裏目を確認する癖はつきました。とにかく表目では表編み、裏目では裏編みを心掛けたのです。

 

こうしてようやく、メリヤス編みに成功できました。

 

適度に編む難しさ

ただ、メリヤス編みはできたものの、かなりいびつでした。編んでいる途中、編み目がきつくなって棒針を刺すのに苦労したり、編み目に刺したつもりが糸の撚(よ)りの間を通してしまったり、逆にゆるゆるで編み目の隙間が目立ったり。或いは、編み目を飛ばしたり、糸が変にねじれてしまったり。失敗の連続でした。

 

これも、これまでイメージした2進法とは別世界でした。メリヤス編みができても、どんな風に編んだかで仕上がりの感じは全然違ってくるのです。適度に編み続ける難しさを知り、セーターを編んでくれた母が偉大に思えました。

 

そうなる理屈

私の場合、理屈がわかっても頭でイメージができないと分かった気がしないという癖があります。表目では表編み、裏目では裏編みの理屈をきちんとイメージできるまであれこれ考え、こんな思考に到達しました。考えついたのは大学院時代です。

 

まず、透明のガラス板をイメージしてください。今は表目から見るとします。

編むとはオセロの駒(表が黒、裏が白)をガラス板に貼り付けることと考えます。

表編みは、黒が見えるよう、ガラスに白い面を押し付ける編み方。

裏編みは、白が見えるよう、ガラスに黒い面を押し付ける編み方。

下のイラストはこれを元にしました。赤矢印の側が表目、青矢印が裏目です。

 

表目も裏目も、表編みをし続けると、イラストの上段図のように黒の列と白の列が並んでしまいます。逆に裏編みをし続けると、最下段の色が変わっても、結局黒白が並んで見えるのは当たり前の話です。

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表目は表編み、裏目では裏編みのイメージ

下段図は、表目では表編み、裏目では裏編みをした場合です。

こうすると表目からは全部が表編み(黒が見える)状態になります。これがメリヤス編みだと考えました。もちろん、これを裏目から見ると全部が裏編み(全部が白)状態=裏メリヤス編みとうわけです。

 

それまで私のイメージの2進法には表裏の概念がなく、机に置いた方眼紙マスを黒でぬるかぬらないかの二者択一でした。でも、編み物には表裏があるので、それに合わせて表編みと裏編みを使い分ける必要があったのです。これで、すっきりできました。

 

本当に「編み物は2進法の世界」か?

この時になって疑問を持ちました。科学雑誌にあった記事は、編み物の経験の無い人が理論的に編み物を語っただけじゃないかと。適度な編み方を続ける苦労を知っていれば、「編み物は2進法の世界」と単純に言い切らないはずだと思ったのです。

 

2進法の世界は、他の条件を考慮せず、ある一点のみのデータに注目する特殊な世界に思えました。「理論と現実は違う」そんな理論が現実味を帯びて感じられました。それまでシンプルだった2進法の世界が、がらりと大きく変わって見えたのです。

 

でも、後に「現実は正しい理論からは逸脱できない」のも確かに思えました。表編みと裏編みの中途半端な知識だけで始めた編み物ですが、表目と裏目、力加減、糸のねじれ等を意識したから、いびつながらも一応メリヤス編みに辿り着いたのです。これらを意識(理論化)できていないままだときっと編めなかったでしょう。

 

「理論は現実から生まれる」のも確かです。後に科学雑誌が説明不足だった気はしましたが、恨みはしていません。むしろ、実際に編んでみて「うらみます」「おもてみます」の区別が必要だと気づけたのは収穫でした。雑誌の理屈の上に現実で得た理屈を重ねて編めたのです。理論(意識)が現実に合わない場合、その理由を見つけて再び意識(理論化)する。それが大切なのでしょう。

 

結論的には、「編み物は2進法の世界」は正しいと思っています。目を飛ばすとか糸を捩じるとかの場合はあれど、編み方に表編みと裏編みしかないのは事実です。問題は2進法ではなく、私のイメージの貧弱さでした。編み物はそれを教えてくれた気がします。

 

あったか~いを感じた日

その後もマフラー編みは遅々として進みませんでした。最初は失敗しても毛糸を解けば大丈夫だと、毛糸を解くのを幾度も繰り返しました。でも、そうする内に毛糸は傷んできます。毛羽立ちが増え、糸の撚りにすき間ができて棒針も刺しにくくなります。

 

結局、年を越しても思ったようなメリヤス編みマフラーは完成しませんでした。長さこそ1.5mくらいになりましたが、どうしても編み目が詰んでしまって、しなやかなではないのです。見た目もかなり歪んでいて、広げるとあぶったイカのようにグニャグニャで、凸凹もありました。しかも力を入れていたせいか、手汗もかなりついたようで、白に近かった糸はうっすら赤茶けてる感じです。結局、糸をくれた母に謝って使うことなく捨てることになりました。

 

ようやく見た目にマフラーらしい作品が完成したのは大学院時代。なかなか編む機会が取れず、7年越しで完成。母はまだ未熟さが見て取れる作品を見て「ようやくできたね。」とだけ言ってくれました。つれない言葉でしたが、そう言いながらも、あったか~い目が、頑張ったねと言ってくれているようでした。

 

その後、滅多にマフラーをしなかった私がマフラーをして出かけるようになったある日、どこに置き忘れたのか行方不明になりました。これもマフラーあるあるですね。その後、編み物はしていません。いろんな模様を作るには至りませんでしたが、私の貴重な体験となっています。

 

 

今週のお題「あったか~い」

 

【注意!】「〇〇運輸より…宛先不明です…ご確認ください」の詐欺メール

怪しいショートメール

しばらく前の話です。こんなSMS(ショートメール)がケータイに届きました。

「やまと運輸よりお荷物を発送しましたが、宛先不明です、下記よりご確認ください。」

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スマホスクリーンショット(部分)

「やまと」とひらがなになってるところから怪しかったので、まず、SMSを送ってきた電話番号をネット検索しました。すると、今年9月下旬からこの番号を検索する人がいたこと、そこでの情報に「詐欺です」との注意や「私の場合は日本郵便からでした」等のメッセージがあったことがわかりました。

 

詐欺だと思いつつ、リンク先がどうなっているのかの興味もあって、タップしてみました。

 

 

巧妙な偽サイト

すると、こんな偽サイトが出てきました。

偽サイトでは「ヤマト」運輸になっています。

上下に長いので、二つに分割しています。

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偽サイトのスクリーンショット(上半分)

 

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偽サイトのスクリーンショット(下半分)

疑ってかかっていたので、アプリのダウンロードはタップせずに、お知らせ一覧、ニュースリリース一覧をタップしてみました。でもその先はリンクが切れているらしく表示されなかったです。

 

それにしても、ダウンロードボタンまでの内容が、かなり巧妙に思えました。「次の運び方をつくる」との企業ポリシーやロゴ、カラーイメージも踏襲しています。もし、疑わずにこの偽サイトを訪れたなら、そのままダウンロードボタンをタップしてしまいそうです。

 

ヤマト運輸の呼びかけ

ヤマト運輸では、こうしたメールや偽サイトに対して、どのよう対策をしているのかも見てみました。

www.yamato-hd.co.jp

そこでのメッセージです。

弊社(ヤマト運輸)では、ショートメールによるご不在連絡やお届け予定のお知らせは行っておりません。
また、弊社ではホームページ、ならびにご不在連絡やお届け予定をお知らせする際に掲載するURLにおいて「.com」を使用しておりません。お受取り日時の変更や再配達のご依頼に関して、お客さまに対し弊社よりご請求することも一切ございませんので、ご注意くださいますようお願い申し上げます。

とのこと。また、ここではケータイのショートメールやパソコンのEメールの文例、なりすまし(偽サイト)例も紹介されています。

 

悪用されているのは他にも

悪用されているのはヤマト運輸のみならず、佐川急便、日本郵便でもあるようです。

セキュリティー上の対応も書かれていましたが、ちょっと私にはちんぷんかんぷんなところもありました。

www2.sagawa-exp.co.jp

www.post.japanpost.jp

宅配業者を騙る偽メールやサイトが急増しているようです。

 

詐欺メールの有害性

年末を迎えるので、いろんな品物の注文も増えそうで、被害も広がるかも知れません。そうでなくても、コロナ禍にあってネット注文は増えていると聞きます。直接の被害に繋がらなくても、各業者への問い合わせなどが増えれば、業務の負担にもなりそうで、何だか腹が立ってきます。

 

そうでなくても、届いた詐欺メールを見る時間も、不安にさせられることも、検索で確かめる手間も、煩わしいです。

 

もし、犯人を捕まえたことができたなら、その罰は直接の被害額だけでなく、送信されたメール数に応じて、刑を重くすることも考えて欲しいです。

 

詐欺メールの落とし穴

世に「こんな詐欺に引っかかった奴が悪い」という風潮ができてしまうと、被害者はますます肩身の狭い思いをすることになります。

 

私の勝手な想像ですが、今回の詐欺メールが

「ひらがなで「やまと」運輸だなんて、疑う所だろ。引っかかったのは自己責任だ。」

と被害者や不安になった受信者を馬鹿にしているように思えてなりません。或いは意図的に、そうした風潮を作り出そうとしているようにも思えます。(考え過ぎかも)

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詐欺メール送信者 イメージ

自分が引っかからないことはもちろん大事ですが、引っかからなくてよかったと安堵するだけで終わったり、こんなのに引っかかるもんかと鼻で笑ってすませたりするのも、詐欺メールの横行を許してしまう気がして、今回、記事にしました。

 

以前、不審サイトの記事を書きました。

驚かされたものの事なき?を得ましたが、こういうサイトが出てくるのはやはり不快です。これも、閲覧数があっただけ重い罪にした方がいいと思います。

 

「詐欺メールを送るだけでも許せない」「不審サイトがあること自体が不快」そんな風潮が広がって欲しいです。

 

嫌がらせや誹謗中傷のメールやSNSもきっと同じ。どこで悪意の有無を線引きするかは難しいですが、被害が出た時に発信数や閲覧数で罪が重くなるとわかっていれば、軽はずみな発信やネット炎上を面白がることに一定の自重が働く気がします。

 

私を含め、デジタル弱者が委縮せずにいられるデジタル社会になって欲しいです。

 

 

以上、お知らせでした。

特別お題 高校入学からの10年間で変わったこと・変わらなかったこと

2年目(高校2年)その1

「10年後は、どうしているだろうね。」

「そりゃあ働いてるだろう。20代後半だから、結婚していても不思議じゃない。」

17歳の少年二人の十年先の話なんて、そんな程度だった。どんな仕事とか、どんな相手とか希望はあっても、それを軽々しくは言えなかった。目の前の受験結果抜きに、10年後のことを考えても現実性はあまりに乏しかったからだ。

 

友人は、私の夢も知っていたはずだが、その実現の可能性には触れない。当時の私の学業成績では、かなり難しいことを知っていたからだろう。

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高校入学からの10年間で

 

 

1年目(高校入学)

三者面談

高1(15歳)の初めての三者面談。私、母、学級担任で進路相談をした。将来の夢とともに国公立大学進学の希望を話したら笑われた。一字一句までは憶えていないが「あはは。まあ、夢が大きいのは悪くないですが、大き過ぎる夢は苦しいだけですよ」みたいな話だった。そして「(三流でなければ)合格できる大学は無い」ときっぱり言われ「3年生では、三流大学か、就職かの選択になるでしょう。」とも予言された。

 

仕事を休んで来てくれた母には、「お子さんの進学を考えるなら、働くより勉強のサポートをした方がいい」みたいな話もあり、面談はわずか数分で終わった。

 

母によれば私達より順番が早い人達には15分、20分と時間をかけていたらしい。短時間で終わらされたこともかなり悔しかったのだろう、母がこの時のことを憤慨して話すことは幾度かあった。前は前、今は今と割り切ることが多い母にしては珍しいことだった。

 

実は高校入試の日にインフルエンザにかかった。午後の英語のテストでは、しばらく気を失っていた。不合格も覚悟したが、奇跡的に滑り込んだ。進学校だったが、珍しく定員割れだったからだろう。その時の成績も含めての進路相談だったので、母には、事前に大学進学は難しいと言われるかもしれないとは話していたが、さすがに先生から笑われるとは思わなかった。

 

ノイローゼみたい

ずっと後になって、母は当時の私がノイローゼになっているみたいに見えたと話したことがある。母の心配をよそに、私は何度も「大丈夫、何とかする。」と繰り返していたが、クラスに友人と呼べそうな人も作れぬまま、どこか浮いた存在になっていた。成績も振るわず、常に誰かに馬鹿にされるんじゃないかとびくびくしていた気がする。

 

高1のびくびく感は、これまでの記事でも幾らか感じ取れると思う。

今となれば、高校時代を灰色の時代だと感じていたのは、このびくびく感に起因していたと思う。ただ、それでも自分にできることをやっていたことが功を奏した気はしている。

 

授業でも、

文化祭でも。

というか、そうするしかなかった感じ。

 

2年目(高校2年)その2

成績は少し上がってきたものの、希望の大学進学はまだまだ遠い目標でしかなかった。模試での判定はDばかりで、いわゆる滑り止め大学でCといった感じ。(ABCDの4段階判定、Dは不可能に近い意味)そんな中での冒頭の会話だった。

 

「10年後は、どうしているだろうね。」

「そりゃあ働いてるだろう。20代後半だから、結婚していても不思議じゃない。」

 

なんて、追及を逃れるための精一杯の防波堤だ。幸いにして友人は、私が夢(大学進学~希望の職に就く)をあきらめたわけではないが、希望が叶うことはかなり難しい状況だと察してくれたようだった。

 

充実した高校生活とまでは言えないと思うが、自分の居場所、自分らしい立ち居振る舞いができるようになった頃だ。

 

自作の詰将棋を披露したこともある。

クラスの話し合いで、少数側の意見も臆せず述べたこともある。

同じ自分でも、びくびくしていた高1とは違う感覚があった。

 

2年の時の面接で、担任の先生は私の成績の位置だけでなく、伸びにも触れてくれた。「このまま頑張れば、高望みしないなら希望大学の合格圏に入る可能性はあります」とやんわり言ってくれた。もしかしたら、遠回しに夢をあきらめる助言だったのかも知れない。それでも、夢の糸の端の端に触れることができたと感じられ、救われた気がした。高校受験の際にも、中学の先生から似た言葉を言われたが、受験して高熱で意識を失いながらも合格できたのだ。

 

まだ、前を向いていていい。それが嬉しかった。

 

3年目(高校卒業)

高3になる前に、サッカー部はやめた。いろんな事情はあったが、やはり勉強時間の確保が一番の理由だった。

結果、勉強の時間は増えた。遊びの時間も増えた。緩やかではあったが、学習成績も上がっていった。

 

模試では、志望大学にCが、滑り止めにBやAがつくことが増えた。冬を迎える頃には、志望大学の本命ではない学科でBがついたこともあった。「高望みしないなら希望大学の合格圏に入る可能性」が現実になった瞬間である。

 

安心できる圏内ではなかったが、3年時の担任の先生は「不安はあるけれど、志望大学に挑戦するのもあり。」という風に言ってくれた。「三流大学か、就職かの選択」ではなかった。

 

結果、大丈夫だろうと言われた滑り止め大学を含めて、全部不合格で終わった。今となれば、それが良かったのだとも思う。もし、滑り止めに受かって、そこに行っていたならと思うとぞっとする。

 

進路は決まらなかったが、笑顔で高校を卒業したことを思い出せたのは、このブログを書いていたおかげだ。

ブログを始める前、高校時代は灰色のイメージだった。

自画自賛ながら、上の記事から一部引用しておく。

(高校時代は)まるで人生の綿埃のようだ。綿埃は一見、灰色である。しかし、その絡まった繊維を細かく見ていくと、そのほとんどは何某かの色を帯びている。遠目にはどう見たって灰色でも、それを作り上げている一つ一つは単純な色ではない。

 

4年目(予備校時代)

予備校時代も良く学びよく遊んだ。

 

受験の結果だけを書けば、大学の合格通知は一通も手にすることなく終わっている。二浪はしないと決めていたので、かなり落ち込んだ。ただ、本命の第2志望の学科であれば、定員割れが生じた場合に繰り上げ合格の可能性があるとのことだった。

程なくして、繰り上げ合格の電話が鳴った。もちろん、それを受け入れた。というか、受け入れるしかなかった。

ところが、数日後にまた電話が鳴った。淡々と「先日、繰り上げ合格の話をしたのですが…」と切り出され、まさかの合格取り消しかと心臓が止まりそうになったが、結局、第1志望の学科でも定員割れが生じたので切り替えるかという話だった。もちろん受けた。

 

今でも、あの時の担当者は、故意にあんな話の切り出し方をしたのだと思っている。おかげで天国から地獄、地獄から天国を数分の間に行き来した。

 

5~8年目(大学時代)

補欠の補欠で入学したが、大学時代は人生で一番順風満帆な時代だったと思っている。パズル雑誌も出せたし、(1度きり)

大学の行事(原爆パネル展など)であれこれ奔走したし、

肝心の学業は、卒業アルバムで卒論についてのインタビューも受けた。それなりの恋愛もあったし、充実感のある4年となった。

 

ただ、試験に弱いのは相変わらずで、就職試験は不採用。

どうしたものかと思っているところに、大学院受験の話があって、そちらは合格。

 

9~10年目(大学院)

意気揚々と大学院に入ったものの大学時代とは一転、苦難の時代を迎えた。

毎月の仕送りは無しになったので、お金にも苦労した。家賃等を除いて1日500円で生活しなくてはいけないこともあった。1年程、冷蔵庫のない部屋で自炊した。

 

学業ではとても無事とは言えないギリギリの成績しか残せずに何とか修了はしたものの、25歳になってまだ就職すら決まっていなかった。

 

高校入学10年で変わったこと・変わらなかったこと

変わったこと

高校入学から10年で大学院を修了した。住む場所も、友人もずいぶん変わった。でも、失ったわけじゃない。学習や体験、人間関係を積み重ね続けているという点ではずっと変わっていないとも思う。

 

変わらなかったこと

高校入学から10年たっても就職できないままなのは変わらなかった。試験本番にも弱いままだ。でも、それで何も得られなかったわけではない。高校に入学して毎日びくびく過ごしていた自分、受けた試験の中身、ものの見方考え方、ずいぶんと変わったとも思う。

 

あれから10年

そう言えば冒頭で、高2(17歳)の時の友人との会話を書いた。10年後を聞かれて

「そりゃあ働いてるだろう。20代後半だから、結婚していても不思議じゃない。」

と答えていたことにも触れておこう。

 

結果、27歳で結婚はできなかったが、高校時代に望んでいた職に就くことはできた。

25年働いて辞めることになったけれどね。

 

人生谷あり崖あり。

それでも山を目指したいものです。

これから先とこれまでの道を見るために。

 

 

はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと

音楽28.今だからこそ『秋桜』(山口百恵)をもう一度

結婚の話で世が揺れた今だからこそ、『秋桜』(山口百恵)は、もう一度噛みしめたい歌です。冬迫る秋の日、陽溜まりに揺れる秋桜の花を通して、嫁ぐ前の娘と母の揺れ動く心情を描いています。

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陽溜まりに揺れるコスモス

秋と小春日和

1977年10月1日にリリースされた山口百恵の『秋桜』(コスモス)。私はこの歌で「小春日和」という言葉を知りました。

こんな小春日和の穏やかな日は

の歌詞をしばらく気にせずにいましたが、高校時代になって意味を知りました。

 

小春日和こはるびより):晩秋から初冬にかけての、暖かく穏やかな晴天。

( 気象庁|予報用語 季節現象 より)

 

冬の訪れを感じながら、小さな春を思わせる日。季語としては冬にあたるそうです。この呼び名を思いついた人はどんな人なのでしょう。時空を飛び越えて季節を表現できる発想に驚いてしまいます。

 

 

秋桜』を作詞作曲したさだまさしは、当初『小春日和』のタイトルを考えていましたが、プロデューサーの提案で『秋桜』となります。それでも、さだまさしは「あきざくら」としたかったそうですが、「コスモス」という名が定着したとのこと。

( 秋桜 (山口百恵の曲) - Wikipedia より)

さだまさしの思いとは違えど、「秋桜」と書いて「コスモス」と読む。これもまた、この歌の影響でしょう。

 

何にせよ、「秋」と「小春日和」を繋げてくれたのはこの歌でした。おかげで、以降、「小春日和」がクイズ番組等で取り上げられる度、自信満々で「晩秋、初冬の頃」と答えられています。

 

秋桜』(山口百恵)の歌詞と母娘

閑話休題。『秋桜』です。ウィキペディアにも紹介されていますが、

(『秋桜』の歌について)さだが電話で「(結婚をテーマにした作品であるため)まだピンと来ないでしょう?」と尋ねたが、そのとき当時18歳だった山口は「はい」と正直に答えている。しかしその後、結婚を期に引退するラスト・コンサートの日(1980年10月5日)に「この歌の意味がようやく分かりました」というメッセージをさだに送っている。

という逸話が好きです。私もこの歌をある程度理解できるまでに長い時間がかかった気がします。私が嫁に行くことはついぞないままですが、娘を送り出す母の思いを少し垣間見た気がするのです。

 

特にこの歌詞。

明日嫁ぐ私に苦労はしても

笑い話に時が変えるよ

心配いらないと笑った

歌では、母が娘に伝えている言葉のようですが、その前に「独言みたいに小さな声で」の歌詞があるだけに胸に刺さります。「心配いらない」とは、娘に言いながら、母が自分に言い聞かせているのだと思えてなりません。

 

折しも、小室圭さん・眞子さんの結婚、渡米が話題になった昨今、私たちが知る由もない眞子さんの家族の大切な時間を振り返ることができていたらいいなと思います。婚姻をめぐって皇室の親子の意見が対立しているとか、相手が皇室にふさわしいかどうかとか、渡米後の生活が心配だとか、そんな話ばかりが拡大されてしまいました。

 

純粋に親と子が暮らした時間がそんな話で消されてしまうはずがないと思いたいのです。たとえ後に二人が帰国しても、しなくても、こんなことで一つの家族の縁が切れてしまうとは思いたくありません。お互いにこの歌のような気持ちがあったと思いたいです。

 

少なくない人々がゴシップネタを追うあまり、娘と母や家族の願いをお互いが受け止めた事実に配慮なく、非難の声が起きたことはとても残念です。ゴシップネタが氾濫する中、娘がどんなに苦しい思いをして海を渡ることになったか、また家族がどんな思いでそれを見送らざるを得なかったか考えると心が痛みます。婚姻届けを出した後の会見でも噂の真相を問う質問が相次いだことは、いろんな思いを乗り越えて一つの結論を出した当の二人と家族に対して、礼を逸していたと思わざるを得ません。

 

秋桜』の歌詞の終わりに、娘の思いが描かれています。

ありがとうの言葉をかみしめながら
生きてみます私なりに
こんな小春日和の穏やかな日は
もう少しあなたの子供で
いさせてください

この思いは多くの人に共通していると思うのです。

結婚しても、渡米しても、皇室を離れても、家族の絆は紛う方なく続いて欲しい、切にそう願います。

 

日本もニューヨークも一段と寒さが厳しくなってくる頃です。

そんな中でも、小春日和のような穏やかな日を一日でも多く過ごせますように。

 

 

今週のお題「秋の歌」

 

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<余談 コスモスとレンゲ>

記事で取り上げながら変な話ですが、私はコスモスの花があまり好きになれずにいます。特に、稲刈りを終えた休耕田に鑑賞、観光用として植えられているのを見ると、きれいだと思う一方で一抹の寂しさを感じてしまうのです。

 

それは、春先のレンゲ(ゲンゲ)畑を奪われた感があるからです。小学校低学年(1970年前半)だった頃、暖かみの増した日差しの下、下校中にみんなでレンゲ畑で転げまわった記憶があります。当時の田植えは5~6月。レンゲは田植え前の田の肥料や家畜の飼料として使われていた時代です。

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レンゲ畑

ピンク色の小さな花。茎の高さは手の拳二つ分ほど。ぶちぶちちぎって、蜜を吸ったり、冠や首輪をつくる女の子にあげたり。あるいはゴロゴロ寝転がったり、相撲を取ったり。田んぼの湿った土に寝転べば冷たかったけれど、レンゲの絨毯の上なら大丈夫でした。

 

服にレンゲの汁や田んぼの土、匂いをたっぷり染みこませていることにも気づかず、十分に楽しんで満面の笑顔で帰宅して、母に呆れ顔で叱られた記憶もあります。

 

濃さの違いはあれど、同じピンク色。でも子どもの足で跨げないコスモスの高さは、近寄りがたく、どこか拒絶されている感じがしてしまうのです。他人様の田に勝手に入ること自体、いけないことなのでしょう。でも、母方の実家では、田んぼを耕すことになるから入って遊ぶのはOKだったような記憶もあります。

 

もちろん、レンゲがコスモスに取って代わられた訳ではなく、田植えや稲刈りの時期が早まり、休耕田の時期がずれたからそうなったと理解はしています。でも、コスモス畑を見る度、楽しかったレンゲ畑を思い出し、複雑な気持ちになってしまうのです。

 

秋と春の繋がりはこんなところにも影響していたと、気づいたのは働き出してからのことです。皆さんの周りでレンゲ畑を見ることはありますか?

音楽27.唱歌『もみじ』のある場所

先日「赤いもの」のお題で取り上げた『赤とんぼ』も秋の歌でした。

今回、取り上げる唱歌『もみじ』は、まさに「秋の歌」にぴったりです。この歌も著作権は切れているので全歌詞を紹介します。

 

『もみじ』

作詞:高野辰之 作曲:岡野貞一

 

1.秋の夕日に 照る山紅葉(もみじ)

  濃いも薄いも 数ある中に

  松をいろどる 楓や蔦は

  山のふもとの 裾模様

 

2.渓(たに)の流れに 散り浮く紅葉

  波に揺られて 離れて寄って

  赤や黄色の 色さまざまに

  水の上にも 織る錦

 

以下、私の思うこの歌の魅力を述べます。

※ 尚、歌詞の意味を考えたのは高校時代よりずっと後のことです。

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『もみじ』の歌の情景 想像図(下手でペコン)

 

起承転結

自然の情景自体は動かないはずですが、視点の移動が情景に動きを着けてくれます。

1.夕空に、遠くから眺めて山の紅葉に気づきます。

2.色づきを細かに見ます。

3.山に残る緑(松)も紅葉に覆われています。

4.山の上は紅葉に、麓は緑と紅葉が混じった、山の全体像が見えます。

 

続く2番では、紅葉狩りに訪れたのでしょうか、山の谷の情景が描かれます。

5.谷川に散った紅葉が流れているのを遠くから見ています。

6.谷川に下り、川の波に揺れる紅葉に気づきます。

7.それは赤や黄色と色とりどり。

8.今ここで、川下へと続く錦が織られているのだと、自然の営みに感動します。

 

私の勝手な解釈ですが、一つの情景を眺め、それを細かく見て、もう一度全体を見直して、何かに気づき直す。1番にも2番にも、起承転結のストーリーがあります。

 

距離感

1番は、多分、一つの場所から見ている歌だと思います。でも視点が変わるだけで、距離感が違ってくる感じです。歌が発表されたのは1911年(明治44年)とのことですが( もみじ (曲) - Wikipedia より)、望遠鏡やドローンを使って見ているような感覚。

 

2番は、見つけた渓谷に入り、川の間近で見て、流れる先を目で追っている感じ。近づいた、遠くを見た、そんな言葉に頼らず距離や移動を感じ取れる表現。圧倒的です。

 

ドラマ性

1番の「裾模様」が2番の「織る錦」に見事に繋がっています。遠くから裾模様に見えたのは、絶え間ない自然の営みが錦を織っていたからと種明かしされているよう。

 

無粋な話をすれば、もちろん、川の流れで山の裾模様ができているわけではないです。そうではなく、総体として秋の深まりが、裾模様を作り、錦を織っているというドラマに感じられます。

 

音楽性

『もみじ』は輪唱や二部合唱でも有名です。変化に富む楽曲は、歌詞を借りれば「音の錦」と言えそうです。

 

小学校の音楽祭だったかで歌うパートが変わる場所、しかも中央寄りに配置され、音楽音痴な私はかなり苦労した記憶があります。まだ自分の音痴に気づいてない頃で、どんなパートで歌っているかも気にせず、とにかく大きな声で歌うことを大事にしていました。すると、歌の合間に周囲からは音がずれていると非難が集中。でも、先生からはその声の大きさが良いのですと言われました。

 

声の大きさは良いとしても、音のズレはよくわからず直しようもなく、直ったかどうかもがわかりません。結局、私の声がかき消されるくらいの音量になって、先生は納得したように憶えています。先生は、私の歌唱力を過大評価したのか、上手く利用したのか、本番の記憶はありません。でも、輪唱と二部合唱ができる歌として強く残っています。

 

紅葉を見る機会、触れる機会

大人になってから、紅葉を見に出かける機会は間違いなく増えました。なのに、紅葉で思い出すのは子どもの頃のことが多いです。何故でしょう。そんな風に思うのは私だけでしょうか。

 

遠くまで出向いて見た紅葉の景色は確かに奇麗なことも多いのです。でも、前に観た景色より奇麗かどうかとか、もう少し日差しがどうとか、周りの人出がとか、気になることも多く、紅葉を見に来たのではなく、比べに来たのかと自戒することがあります。

 

一方で、紅葉を見るつもりはなくても、日常で山を走り回ったり、いちょう並木の下を歩いたりして否が応でも紅葉が目に入った子どもの頃。

 

遠目にきれいに見えた落ち葉に近づいてみるとシミや汚れ、虫が目についたこと、拾おうとしたきれいな葉が露に濡れて冷たかったこと、踏むとかさかさと耳にこそばゆかったこと、歩いていて積み重なった落ち葉に滑りそうになったこと、そうした記憶と一緒に思い出されるのは子どもの自分です。

 

唱歌『もみじ』のある場所

『もみじ』は、そんな子どもの頃と、大人になってからとの中間点に、ずっといてくれます。それは、子どもの頃に知ったこの歌に描かれている紅葉の美しさを大人になって求めているからかも知れません。

 

 

今週のお題「秋の歌」