tn198403s 高校時代blog

「人生に無意味な時間は無い。ただ、その時間の意味を感じることなく生きているだけである。」この言葉を確かめてみようと、徒然なるまま、私の高校時代(1984.03卒業)の意味を振り返り綴るブログです。

三回目コロナワクチン接種終了 注射部位の激痛対策

昨日、3回目のワクチン接種を受けました。

夜、注射部位の痛みもほとんど無く過ごせていたので、副反応は無さそうだなと床に就きました。

副反応あり

でも、夜中の2時頃から注射部位に痛みを感じ始め、ありがちな副反応だなと思っていたところ、痛みはどんどん増していき、疼き始めました。寝入れない状態になり、布団の中でスマホを操作して対応方法を検索。ひとまず、保冷材を巻いたタオルをあてて、冷やすことにしました。痛み出してからあまり眠れていなかったので、もう少し寝たい思いもありました。

 

で、冷蔵庫へと起き上がった時に激痛が!左腕は、ぶらんと下げても、肩より上げても、揺れても痛く、利き手が逆のスペシウム光線に似た姿勢で、左腕を右手で支えて移動。

動くとかなり痛い

七転八倒(←大げさ過ぎ)して、何とか痛む場所を冷やすことできました。痛みは数分でかなり和らぎ、何とか寝直すことができました。もっと早くからそうしておけば良かったです。過去2回の接種でそれほどの痛みにならなかった分、甘い対応になってしまいました。

 

幾らか寝た後に起きると、今度は背中のあちこちが痛いです。とは言え、ちょっとした筋肉痛という程度です。多分、注射部位の痛みを身体がかばったせいでしょう。

 

他のところの痛みを気遣える。

既に老体ながら、なかなかやるじゃん、と思うことにしました。

 

老体が注射の痛みをかばいあい

三回目コロナワクチン接種終了 小さなハプニング

5月11日、3回目のコロナワクチン接種が終了しました。1回目の接種が10月14日、2回目の接種が11月5日で、約6ヵ月経っています。

三回目コロナワクチン接種

過去、見知らぬ人が間違えて私の車に乗り込もうとした1回目。

注射跡に貼るテープを2回目接種の際に剝がした医師の話に驚いた2回目。

今回、それらに比べると、小さなハプニングでした。

病院前の駐車場が満車で第2駐車場を利用することになりました。警備員さんから案内を受けたのですが、病院に向かうと思われる歩行者の流れを見つけたました。それを頼りに車を進めます。第2駐車場は見つかったものの、そこは歩行者専用出入り口。もちろん、車は入れず、Uターンして入り口を探し直しました。

 

変わったことは1、2回目の接種後の経過観察では、一部アレルギーがあったため30分でしたが、今回は15分ですみました。1,2回目で異常がなかったからでしょうか。

 

先月、60歳以上、または基礎疾患のある人は、4回目の接種をするというニュースがありました。一方で、現在、コロナは「結核SARS」などの2類相当として対応されていますが、これを「インフルエンザ」並みの5類扱いにという論調もあります。果たしてワクチン接種の判断や費用を個人任せにして大丈夫なのか?という不安もあります。

 

2年前の記事を読み直しました。

 

今でさえ正しく恐れたいけれど

山間の好きな街は一日にしてならず

学生時代の下宿を含めれば、これまで住所となった場所は12カ所。足跡を残した場所は46都道府県。海外に出たことはないですが、思い出に残る「好きな街」はたくさんあります。

 

かつて、こう書きました。

街というものは、時間、空間、人間の移り変わりで変遷していくものであって、その中で住みやすさや楽しさを見つけていくことが、暮らすということのように思うのです。

 

でも、好きな街と暮らしたい街は違います。

 

緑に囲まれた山間の街で

25年以上も前、過疎の進む山間の街で仕事をしていた頃の話です。

「山間のこの町をいい所だと言ってくれる人は多い。でも、ここに移住するという人はまずいない。恋愛と結婚くらい違う。」「山の自然に囲まれた良い所にみえるでしょう。でも、ここら辺の山は人が作った自然で、最近はその手入れも行き届かなくなってきてるんです。」

山間の街 イメージ

そんな山の手入れを経験したのは、それから十年程後のこと。既に私は人口の多い街で仕事をしていたのですが、間伐を手伝ってもらえないかと誘われました。私がチェーンソーで木を切ってみたいと話していたのを憶えていたそうです。ボランティアですが、弁当を出してくれるとのこと。土曜日に興味本位で参加しました。

 

街から1時間弱かけて現地に到着。ヘルメットといろんな道具が入った腰ベルト、ペットボトルを渡され、入山。といっても、途中から道はありません。地面は落ちたスギの枝や葉ですっかり覆われ、思いがけず滑ることも幾度かありました。木を切る前に、目的地に着くまでも大変でした。

 

 

木材消費の紆余曲折

「自然に囲まれたいい所」の台詞が頭に蘇ります。戦後の復興が目覚ましい頃は木材不足で、スギやヒノキの植林が奨励されました。また、それ以前広く育っていた広葉樹は薪や木炭の燃料としても使われ山の経済を支えていましたが、ガスや石油に置き換えられ需要が減っていました。その結果、広葉樹もどんどん伐採され、急ピッチでスギやヒノキに植え替えられたそうです。

 

しかし、その木が育つ前に建築木材は輸入が主流になってしまいます。日本では木が育つまでに長い年月がかかり、伐採の人件費や輸送費も高くつきます。山の仕事はきつい上、収入も減ったせいで、人は街へと流れ、担い手不足どころか、山間部ではいち早く過疎化が始まりました。大量に植林したものの、間伐などの手入れをする人もおらず、木材として使いづらい細長い木が大量に残され、外見は緑豊かな山でも一歩入れば荒れ放題、そんな山が増えたそうです。現代病とも言われる花粉症の原因は、山が荒れて、スギの生存競争が激しくなり、花粉が過剰発生しているためとの説もあるのだとか。

 

初めてのチェーンソー

「チェーンソーを使ってみるかね。」と言われ、興味津々で話を聞きました。それまで尖った刃がチェーンのように高速回転して木を切ると思っていましたが、チェーン自体は鋭利では無かったです。ただ、高速回転により、木が切れるとのこと。チェーンソーを手に持って、動かすこと自体は簡単でした。倒した杉から伸びる直径5cmほどの枝を試しに切ると、キュ~ン!とで数秒で切れます。ノコギリだと、ギコギコと何分かかるやら。これは面白い。

 

それから、倒した木の枝を切るのが私の役割になり、二人組で作業を進めます。枝を切り落とさないと、運搬する際に他の木に引っかかって大変だし、枝が跳ねたらかなり危険とのことでした。自分が役に立ってる感も強くなり、喜々として指図通りに切っていました。

 

甘い考え

そんな時に「楽しそうだねえ。」と話しかけられ、少し心に引っかかるものを感じました。皮肉で言ったのではないと思います。むしろ、私が楽しそうにやっているのを喜んでくれていたと思います。「じゃあ、この木の残りの枝はお願いして良いかね?」と言われて、理解できました。私はそれまで切り落としやすい場所の枝ばかり任されていたのです。直径25cm程の木。枝は太くて5cm程。チェーンソーがあれば難なく切れますが、枝の伸び方によって屈んだり、身体の向きを変えたりして切らないといけません。下が平らな地面ならともかく、枝葉が覆う斜面の上に立つわけですから、不安定。一定の作業が終わり、昼休憩に入る頃には、膝ががくがくになってしまいました。腕もチェーンソーの振動でちょっと痺れる感じ。もっとも動かす時間は少しずつなので、白蝋病(はくろうびょう)ではないはず。

 

平らな場所まで下りてきて、弁当を手渡されました。「昨日、今日と天気に恵まれて良かった。」との話に、また引っかかります。午前の作業で、枝葉が濡れ土がぬかるんでいたらと思うと、ぞっとします。踏ん張りがきかず、何度も滑って転んだでしょう。

 

木を倒す

午後からは別の斜面での作業になりました。ところが、そちらは滑りやすく、午前中でがくがくになった足には大変な負担。休憩することも増え、あまり作業が捗りません。そうこうする内、枝切ではなく、木を切って倒す伐倒(ばっとう)を教えてもらうことになりました。と言っても、伐倒はとても危険なので私に任せるという話ではなく、作業の仕方を教えてもらいながら、さわり部分だけやってみるという感じです。

 

伐倒の大まかな手順は、「受け口、追い口、くさび」と記憶しています。

簡単に図解するとこんな感じです。

受け口 追い口 くさび

0.追い口の切り込みを入れられるかを確認。

1.木の倒したい方向をイメージして受け口を切り取る。

  ・先に水平方向に切り込みをいれ、斜めに切り込む。

  ・切り込みが深すぎると勢いよく木が倒れて危険、浅いと倒しにくい。

2.追い口の切り込みを入れる。

3.追い口にくさびを奥へと打ち込み、慎重に木を傾けていく。

 

素人がやれば大けがや命に関わる事態になりかねないと聞きました。切り込みの見極めには経験が必要で、木の長さや堅さ、枝ぶり等に加え、倒したい方向の地形や落差等も考慮しないといけないそうです。記事を書くにあたり、ネットで確認しました。受け口と追い口の位置関係が特に重要で、ツルと呼ばれる部分が短すぎると倒れる途中で木が折れやすく、長すぎると倒れにくくなります。これが伐倒の成否を左右するそうです。

 

木はなるだけ低い位置で切る方が、切り株が小さくなるし、木材として使える量も増えて良いのですが、何より安全第一です。

 

上の図では地面が平らで作業もしやすいですが、急斜面ではくさびが打てない場合もああります。また隣の木との間が狭すぎてくさびを打ち込むハンマーが振れない等もあるので、上記0の確認は必須です。

急斜面での伐倒

理想的な木の倒れ方

ギギギ…と傾き始め、メキメキメキ…とゆっくり幹が縦に裂けるように倒れていき、バキッと切り株と木のツルが折れ、ドスンと反動無く倒れるのが理想的と記憶しています。

 

勢いよくドッスーーンと倒れると反動で何が飛んで来るかわからないので、逃げて隠れます。木の倒れる向きがズレると、他の木に当たった反動で思わぬ方向に弾かれたり、別の木に寄り掛かって止まってしまうことも。急な斜面では、倒れ切る前に木の幹が割れ、木がジャンプするようになったりと、かなり怖いです。

 

素人は別の木に寄りかかって止まっている木に近づいてはいけないと止められました。引っかかった枝がいつ折れて、木が倒れるかわかりません。また、不用意に枝を切ると重さのバランスが崩れて思わぬ方向に倒木が動く可能性もあるとのこと。

 

※ 参考にしたサイト 

木を倒す方向を定めよう!伐採でのクサビの使い方を解説します!|生活110番

【伐倒】林業でいちばん基本的な木の倒し方「追い口切り」と、木が倒れるしくみ|きこりやろう

 

チェーンソーはいい経験になりましたが、間伐は軽い気持ちで続けられる仕事にも思えず、ボランティアはその1日限りになっています。

 

街が在るということ

それにしても、間伐を繰り返して、木を育て木材を手に入れるまで、一体どれだけの知恵や配慮、努力が必要なのでしょう。それを生業として受け継ぐ人がいて、そんな人たちが集まって街が造られたことを思えば、そこに街が在るというだけで一つの歴史です。

 

25年程前、仕事をしていた過疎の街の飲み屋でのこと。

同僚と飲んでいると、カウンターから男性客と女将さんの話が聞こえてきました。

パートナーから山じゃなくて街に住みたいと言われたようです。山の仕事は危険で、収入も少なく安定しない。子どもはここが好きなようでも、高校に入れば、通学に長い時間をかけるか、山を下りて下宿するかになってしまう等々。薄々感じていたけれど、ついに、はっきり言われてしまったとこぼしていました。

飲み屋の女将さんと話している客のパートナーとは知り合いのようでした。小さな街ですから、ありがちな話です。パートナーは、ここは好きな街だけれど、ずっと住むのは大変と言っていたようです。

 

その会話の結末は知りません。好きな街でも、住みやすさや楽しさを見つけていくのが難しくなったとき、人はどうしたらいいのでしょう。いい思い出だけを持って他に移り住むのがいいのでしょうか。それとも、街が嫌になるまで住み続ける方が良いのでしょうか。

 

どこの街でも

何も、山間の街の話に限りません。今は実家に居る日が多くなった私。実家のあるこの街も、今の住所がある街も、好きな街です。どちらにも親しい人がいて、どちらにも私の歴史が刻まれています。

 

ある日突然、何かのタイミングでどこかの街が好きになることは珍しくありません。でも、その好きな街はある日突然そこにできた訳ではありません。長い年月を経て、良いことばかりだったはずもなく、悪いことばかりだったはずもなく、楽しみながら、悩みながら、人が住み続けて築かれた街です。街の未来が繁栄であれ、衰退であれ、住む人の意思を尊重すべきだと思います。

 

 

それをある日突然、破壊して奪い取る。

今、彼の地ではそんな行為が繰り広げられています。

許されるはずがありません。胸が痛みます。

 

 

今週のお題「好きな街」