tn198403s 高校時代blog

「人生に無意味な時間は無い。ただ、その時間の意味を感じることなく生きているだけである。」この言葉を確かめてみようと、徒然なるまま、私の高校時代(1984.03卒業)の意味を振り返り綴るブログです。

遊び9.ひらがなの一筆書き問題とその謎、その魅力

f:id:tn198403s:20190630010948p:plain

いきなりですが、問題です。

(1)

現代ひらがな(ゐ、ゑ、等を除く)46文字の内、一筆で書けるは、2019年現在で一般的には11個あるそうです。その内、いくつわかりますか。

<答え>(カーソルで文字を反転させると見えます)

「ひ」「る」「の」「ろ」「て」「ん」

「つ」「く」「し」「へ」「そ」

※ 今は小学校で「」を1画と教えていますが、昔は2画の字として教えていました。テレビ報道によると、国語の教科書を発行する「東京書籍」によると、昭和36年度から平成元年度までは、2画の「」を習い、平成4年度以降は、1画の「」を習っているとのこと。これについて、文部科学省の担当者に説明を聞くと、そもそも決まったものはないという話でした。そういう意味で2019年現在なら、一般的な答えは11こと言えそうです。

 

なにはともあれ、これで、長年のひらがなの一筆書き「」の謎が解けました。高校時代に「」は2画と考えていたので、通常一筆書きできるひらがなが10個だとしていました。でも現在は、1画のひらがなに含めることもできるので、11個。なるほど、そーか、そーか。

  

(2)

「一般的な答え」とした11個のひらがな以外にも、ある条件が許されれば、「せ」「ち」「と」「も」「や」「を」「れ」「わ」も一筆書きができます。さらに条件を広げれば「さ」「き」を含む、文字のパーツが1つになっている10文字の一筆書きが可能になります。その条件とは何でしょう?

<答え>

飾り文字(私風に言えば、肉文字 )や、違うフォントを選択すれば、その輪郭を一筆書きすることで可能になります。

 

f:id:tn198403s:20190703012553p:plain

 

(3)

さらに特殊な条件も認めると「い」「う」「え」「か」「け」「こ」「た」「に」「ふ」「ら」「り」のパーツが2つ以上ある11個のひらがなも、一筆書きできます。どんな方法でしょう。

 <答え>

・白黒反転文字にする。(明らかにこじつけ的) 

f:id:tn198403s:20190703012630p:plain

・少し字体を変える。(ややこじつけ的)

f:id:tn198403s:20190703172552p:plain

・(4)で紹介の方法を使う。 (他、別解あり)

  さすがに、この辺までくると、こじつけっぽい感じです。でも、もう一つ進めます。

 

(4)

さらに、強引な方法を認めるなら、「あ」「お」「す」「な」「ぬ」「ね」「は」「ほ」「ま」「み」「む」「め」「ゆ」「よ」の14個のひらがなも一筆書きができると言えなくもありません。これができれば、現在の一般的なひらがな46文字全部が一筆書きも可能となりますが、それはどんな方法でしょう。

 <答え> 

・一部を重ねた紙に書いた後で重なった紙をのける。(次元が違うこじつけ)

f:id:tn198403s:20190703012723p:plain

・ 黒塗り風の字体にする。(普通にこじつけ)

f:id:tn198403s:20190703172717p:plain

(他の別解もあると思います。いろいろ考えてみてください。)

 

高校時代に、文字はすべて一筆書きができるという持論にはたどり着いていましたが、やはりかなり強引なこじつけもあるという感じは持っていました。それで、卒業後も含めて(3)、(4)の方法は、ごく少数の人にだけしか話したことがありません。「なるほど」と納得してくれた人もいましたが、「それは強引過ぎ」という反応もありました。まぁ、ここまでこじつけてしまうと、なんでもありとなった感が満載ですからね。

 

実は、これらを考えるきっかけの一つに、高校で同じクラス友人が使っていたノートの表紙に描かれていたロゴがあります。自分の姓をローマ字にして、それを遊び心満載のキャラクター風にしていたのです。それがまた、印象に残るロゴで、一目見た瞬間に、これは面白そう!と思い、家に帰って早速いろいろ描いてみたのを憶えています。その時は、お気に入りはできなかったのですが、いい刺激になりました。

 

文字を使った遊びは他にもやっていました。それはまた機会があれば記事にしたいです。でも、ばかばかしいと思われそうなひらがな一筆書きや他の文字の遊びも、あれこれ考えている内に、文字の持つ特徴や面白さにも気づくことができたのは収穫でした。

 

 

後に刺繍の絵や文字に感心したことがあります。糸と筆の違いはあれど、細い糸をきれいに配置させ、表にはきれいな文字や絵を作っています。同じ色一つで刺繍文字を完成させるのも、ある意味一筆書きだなぁと思ったものです。他にも、飾り文字やロゴに感心させられることもは多いです。パソコンの動画やトリックアートでもアイデア一杯の作品がたくさんあります。

 

この記事を書くにあたって、あれこれ検索をしたところ、ひらがなを一筆書きにしたグッズなども発見。また、草書も極力一筆書きにした字体という見方もできそうな気がしました。針金一本をあれこれ曲げて文字にするも面白そうです。私の場合、高校時代のひらがな一筆書き遊びは、このブログの「新年のあいさつ」(2019年1月1日)にあるような迷路づくりにもつながっています。この類の迷路は大学に入ってから作るようになったのですが、その原点はひらがな一筆書きにあると思っています。

 

いろんな文字に対しての、豊かな発想や、柔軟な思考には今も憧れがあります。手塚治虫が漫画に描いた、山で遭難した時に木を集めて「SOS」を描きヘリコプターに伝わったという話が、実際に地震被害などの災害時に使われ、命を救えたという話もありました。テレビで見かけた、幾つかの文字を大小変形させたり、動かしたりして何を表しているかという問題などにも興味津々です。

 

文字は不思議。表現方法としても、記号とは違う深さ、絵とは違う質の高さ、そして文章や物語にもできる多様性があります。趣味の範囲、下手の横好きの範囲ではありますが、今になってもなお、興味の尽きることがありません。

高校時代をこのblogで追体験中。

今週のお題「2019年上半期」。

この高校時代blog 記事を振り返ってみます。

 f:id:tn198403s:20190701144210p:plain

 自画自賛するのもどうかと思いつつ、自分の一番のお気に入りの記事は、「お弁当」(2019年3月3日)です。

tn198403s.hatenablog.jp

高校を卒業して35年経った今になって初めて、弁当への自分の身勝手さを知り、当時の母に思いを馳せた気がしました。昔のことを今の感覚で振り返ることは、大切とまでは言わないけれど、そこに幾らかの意味はあるように思えたのです。現在、私の母は、認知症が進み、私が誰かもわからない様子。でも、この記事を書くことで、過去の経験の中では気づけなかった部分に新たに気づけたと思えたのです。これは収穫でした。

 

二つ目が、「tn2.自転車(1)通学でのクラクション」(2019年2月5日)です。

tn198403s.hatenablog.jp

投稿した日こそ2月5日ですが、1月下旬から下書きにまとめ始めました。時間をかけて思い出す内に、あぁ、あのときはこうだったんだと、忘れていたはずのことも思い出せてくるのです。もちろん、それが事実かどうか不明確な部分もあります。でも、高校時代の経験が、現在にも通じる根っこの一つになっていることが確認できて、このブログの方向性がだんだんと見えてきた記事です。それゆえ、下書きの段階でブログ名を「高校時代blog」とした経緯もありました。

 

三つ目は、「遊び6.正四面体の立体迷路」(2019年5月19日)。

tn198403s.hatenablog.jp

帰省した折に発見した高校時代のグッズ。他にも幾つかあったのですが、この立体迷路は見つけた瞬間にタイムスリップをしたような感覚になりました。作る時の苦労したことや、授業中にうっかり机の上に置いていたこと、手に取って迷路をやってくれた友人の表情、その他、あふれる程の記憶が蘇りました。拙い「パズル」が多かったですが、パズルの魅力は今の私の中にも健在。パズルもきちんとブログに書いて行こうと決めたのでした。

 

 

さて、ここで、これまでたくさん読まれたであろう記事の best5 を紹介します。

※ 並びは投稿の日付順です・

「tn5.甲子園(1)大会の魅力」(2019年4月6日)

「音楽4.甲子園(2)『甲子園』(さだまさし)」(2019年4月6日)

「授業4.旅は一人旅に限る。」(2019年4月9日)

「文化祭 詰将棋(五手詰め)」(2019年5月6日)

「遊び6.正四面体の立体迷路」(2019年5月19日)

 

一番多く読まれたらしいのは、「文化祭 詰将棋(五手詰め)」(2019年5月6日)

tn198403s.hatenablog.jp

詰将棋の紹介サイトにリンクつきで紹介されていたことで、訪問してくれた人が増えたようです。

 

二番目は「音楽4.甲子園(2)『甲子園』(さだまさし)」(2019年4月6日)

tn198403s.hatenablog.jp

これは、はてなブログの中で「さだまさし」に関連する記事としてリンクが作成されていたようです。

 

残念ながら、はてなブログ標準のアクセス解析では、あまり細かいところはわかりません。 そのため、どこまで正確な数字が反映されてのるか疑問符がつく状態ではあります。

 

 そういう限界は踏まえつつも、どこかのサイトで取り上げられると、アクセス数が急に増えることはわかります。でも、「詰将棋」でアクセスが一番伸びたのは意外でした。将棋界では藤井聡太氏が2016年に中学生でプロ(四段)になり、現在七段と驚異的な上達ぶり。彼は詰将棋が得意というだけあって、詰将棋も脚光を浴びましたが、その流れなのかなぁと思うと、藤井七段がほんの少し身近に感じられます。まぁ、勝手な思い込みでしょう。

 

さだまさし」のリンクは、友人から知人への紹介もあったらしく、そのアクセス増で、はてなブログのリンク作成につながったのではないかと思います。

 

ところで、この間55の記事の投稿をしました。主となるカテゴリーは6つ。

徒然なるままに (9) 高校時代の音楽 (8) 高校時代の遊び (8) 高校時代の映画 (8) 高校の授業 (8) 高校での生活 (8)

この他に、

お知らせ・あいさつ (6) パズルあれこれ (6) 自転車 (3) お題 (1)

があります。二つのカテゴリーの属する記事もあるので、合計は55にはなりません。もっとも、この記事で、投稿数が56、「お題」の記事数は、2になります。

 

今、高校時代blogのブログ説明を、

『「人生に無意味な時間は無い。ただ、その時間の意味を感じることなく生きているだけである。」この言葉を確かめてみようと、徒然なるまま、私の高校時代(1984.03卒業)の意味を振り返り綴るブログです。』

と、ちょい格好つけてますが、少しは高校時代の意味を感じ直せてる気もします。大学進学に向けて駆け抜けた3年間をしっかり振り返ることが少なかった分、このブログは貴重な追体験になっています。

音楽8.「交響曲第6番(田園)」べートーヴェン

ベートーヴェンで好きな曲は「交響曲第6番(田園)」です。高校時代にNHK-FMの確か「FMクラシック・アワー」という番組だったかで流れた曲。

 

BGM代わりに流していました。当時、ステレオ放送が聞けることはまだ少なく、澄んだ音、広がる音が好きで、NHK-FMはよく聞いていました。「音楽7.NHK-FMとカセットテープ」に書いたとおりです。

 

ラジオから「ベートーベン」「交響曲」の言葉が耳に入ったので、大迫力の「運命」か「第九」が流れると思っていたところ、意表を突く静かな出だし。「あれ?」と手を休めて聞き始めました。曲名を聞き逃していたので、40分程かけて最後まで聴き、後のナレーションで「交響曲第6番(田園)」とわかったのです。

 

後に、機会を得てカセットに録音することに成功。何度も聴き直す内に、ベートーヴェンの曲では一番のお気に入りになりました。後半、ドキッとするような大音量の場面もあるのですが、全体的に穏やかな感じで、タイトルから勝手にヨーロッパの貴族の家から望んだであろう田園風景を想像してました。その風景をイラストにしようと挑戦してみましたが、イメージとは程遠い作品になってしまいました。我ながら画力の低さが悔しいです。 

f:id:tn198403s:20190629122152p:plain

ヨーロッパの田園風景 イメージ

ただ、この記事を書くにあたって、「交響曲第6番 (ベートーヴェン)」をネット検索していたところ、ウィキペディアには、「ベートーヴェンが『絵画的描写ではなく感情の表出』と強調」していたと書かれていて、びっくりしました。35年もの間、私は『田園』を聴く度に、緑豊かな田園風景を思い描いていたのです。むしろ、音楽を聴くとき、頭に情景を思い描きながら聴くことが、当たり前のことでした。

 

富田勲の「大峡谷」ではグランドキャニオン、喜太郎の「シルクロード・絲綢之路」では砂漠、ホルスト木星」では木星の分厚い雲を通り抜ける宇宙船…。そんなイメージを再現し、また補強しながら聴いていました。学校でも「イメージしながら聴く」ことを教えてもらったはずです。ただし、ベートーヴェンも音楽を聴きながら情景をイメージすること自体を否定しているわけでは無いようなので、情景にとどまらず、その情景に馳せた心情までを表現したかったのだろうと思うことにしています。

 

交響曲第6番(田園)」が発表されたのは1808年。今から200年以上も前。その時代にそこまで考えて作曲していたのにも驚いたのですが、指摘されてみれば、情景を描いた上で心情まで表現するというのは、短歌や俳句の世界でも聞いたような気がします。それと似ているのかも知れません。表現者の思いとは、時代や国を超えて通じるものがあるとも言えそうです。

 

ところで、「FMクラシック・アワー」はクラッシックに興味を持ち始めた私にとって定番の番組でした。また朝6:15に放送されていた「朝のバロック音楽」(多分)も、よく聞いていました。バッハの曲「四季」が、クラシックではなくバロック音楽になると知ったのは、この番組のおかげ。また、ヴァレルの「ボレロ」がクラシックではなく現代音楽に分類されることも、NHK-FMの別の番組で知りました。(音楽の分類については諸説あり)。

 

クラシック曲で「交響曲第6番(田園)」(べートーヴェン)の他にも、たくさんの曲をこの番組で知ることができました。この辺りのことは、また別の機会を見て少しずつ書いていきたいと思います。