tn198403s 高校時代blog

「人生に無意味な時間は無い。ただ、その時間の意味を感じることなく生きているだけである。」この言葉を確かめてみようと、徒然なるまま、私の高校時代(1984.03卒業)の意味を振り返り綴るブログです。

音楽8.「交響曲第6番(田園)」べートーヴェン

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ベートーヴェンで好きな曲は「交響曲第6番(田園)」です。高校時代にNHK-FMの確か「FMクラシック・アワー」という番組だったかで流れた曲。

 

BGM代わりに流していました。当時、ステレオ放送が聞けることはまだ少なく、澄んだ音、広がる音が好きで、NHK-FMはよく聞いていました。「音楽7.NHK-FMとカセットテープ」に書いたとおりです。

 

ラジオから「ベートーベン」「交響曲」の言葉が耳に入ったので、大迫力の「運命」か「第九」が流れると思っていたところ、意表を突く静かな出だし。「あれ?」と手を休めて聞き始めました。曲名を聞き逃していたので、40分程かけて最後まで聴き、後のナレーションで「交響曲第6番(田園)」とわかったのです。

 

後に、機会を得てカセットに録音することに成功。何度も聴き直す内に、ベートーヴェンの曲では一番のお気に入りになりました。後半、ドキッとするような大音量の場面もあるのですが、全体的に穏やかな感じで、タイトルから勝手にヨーロッパの貴族の家から望んだであろう田園風景を想像してました。その風景をイラストにしようと挑戦してみましたが、イメージとは程遠い作品になってしまいました。我ながら画力の低さが悔しいです。

 

ただ、この記事を書くにあたって、「交響曲第6番 (ベートーヴェン)」をネット検索していたところ、ウィキペディアには、「ベートーヴェンが『絵画的描写ではなく感情の表出』と強調」していたと書かれていて、びっくりしました。35年もの間、私は『田園』を聴く度に、緑豊かな田園風景を思い描いていたのです。むしろ、音楽を聴くとき、頭に情景を思い描きながら聴くことが、当たり前のことでした。富田勲の「大峡谷」ではグランドキャニオン、喜太郎の「シルクロード・絲綢之路」では砂漠、ホルスト木星」では木星の分厚い雲を通り抜ける宇宙船…。そんなイメージを再現し、また補強しながら聴いていました。学校でも「イメージしながら聴く」ことを教えてもらったはずです。ただし、ベートーヴェンも音楽を聴きながら情景をイメージすること自体を否定しているわけでは無いようなので、情景にとどまらず、その情景に馳せた心情までを表現したかったのだろうと思うことにしました。

 

交響曲第6番(田園)」が発表されたのは1808年。今から200年以上も前。その時代にそこまで考えて作曲していたのにも驚いたのですが、指摘されてみれば、情景を描いた上で心情まで表現するというのは、短歌や俳句の世界でも聞いたような気がします。それと似ているのかも知れません。表現者の思いとは、時代や国を超えて通じるものがあるとも言えそうに思いました。

 

ところで、「FMクラシック・アワー」はクラッシックに興味を持ち始めた私にとって定番の番組でした。また朝6:15に放送されていた「朝のバロック音楽」(多分)も、よく聞いていました。バッハの曲「四季」が、クラシックではなくバロック音楽になると知ったのは、この番組のおかげ。また、ヴァレルの「ボレロ」がクラシックではなく現代音楽に分類されることも、NHK-FMの別の番組で知りました。(音楽の分類については諸説あり)。

 

クラシック曲で「交響曲第6番(田園)」(べートーヴェン)の他にも、たくさんの曲をこの番組で知ることができました。この辺りのことは、また別の機会を見て少しずつ書いていきたいと思います。