tn198403s 高校時代blog

「人生に無意味な時間は無い。ただ、その時間の意味を感じることなく生きているだけである。」この言葉を確かめてみようと、徒然なるまま、私の高校時代(1984.03卒業)の意味を振り返り綴るブログです。

文化祭の秋とハンプティ・ダンプティの物語

今週のお題「○○の秋」。今回は高校の文化祭の秋についてです。

私の母校でも、文化祭がありました。ただ、秋と言うには早すぎる9月半ばに行われていました。となると、その準備は夏休みに、企画段階は1学期末からというスケジュールです。高校の文化祭ながら、食品や生き物を扱うのはNGというお堅いものでしたから、一番人気は映画だったように思います。

 

他のクラスで上映された特撮ヒーロー物が人気を博したことが記憶に残ってます。ほうきにまたがり、ぴょんぴょん跳ねて進んでいくのを撮影し、宙に浮いた部分だけを編集してました。当時は、『スターウォーズ』シリーズや『E.T.』等で撮影技術が飛躍的に向上していた頃ですが、ほうきで飛ぶシーンや、ジャンプして他の場所への瞬間移動などが身近な校舎を舞台に繰り広げられる映像には、ストレートに感動しました。企画段階からかなり練っていたのだろうなと思える作品でした。羨ましかったです。

 

高2の時にクラスで映画を作ろうと動き始めたことがありました。下手ながら短編小説を書いていた私も、映画のストーリー案を出しました。その案は採用されませんでしたが、他の脚本を元に撮影が始まりました。しかし、機材の入手ができても、撮影技術、編集技術、脚本や演技、演出などの壁を乗り越えるのは、そう簡単ではなかったようです。最終的に作品の完成には至りませんでした。

 

高3の時は、クラスで劇をやろうとなりました。私は、劇に向けに物語案を作成することに。前置きがかなり長くなりましたが、その案の元になったのが、マザーグース(英国の伝承童謡)にある「ハンプティ・ダンプティ」です。

 

Humpty Dumpty sat on a wall,
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses and all the king's men
Couldn't put Humpty together again.

 

ハンプティ・ダンプティ 塀の上

ハンプティ・ダンプティ 転がり落ちた

王様のお馬をみんな集めても

王様の家来をみんな集めても

ハンプティは元にはもどらない

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講談社文庫から出版されていた本(4冊シリーズ)で、谷川俊太郎さんの訳と和田誠さんのイラストが秀逸。一人暮らしを始めるときにも、持って行って、何度も見ていたのですが、前々回の引っ越しの際に行方不明になってしまいました。(訳は記憶によるもの、イラストはネット上の画像を見て描いています。)

物語の原稿も行方不明のままです。クラスで紹介した後、どうしたのかも憶えていません。細かいところは不正確ですが、憶えている部分を元に、あやふやなところは多分こうだったろうと補いながら、再現してみました。

 

以下は、物語のあらすじです。(あちこち記憶が違っている可能性大)

TTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTT

少年がこの詩(歌)を見たとき、幼い頃の木登りで、誤って鳥の巣から卵を落としてしまったことを思い出します。割れた卵から、孵化する直前のひなが見えていた記憶も蘇り、自分のしたことを責めるようになります。

その後、少年は卵料理が食べられなくなり、弁当の卵焼きも受け付けられず、思わず吐いてしまいました。数人が驚いて少年の近くから逃げ出します。このことで、少年はクラスメイトから嫌われてしまったと思い込み、翌日から学校を休んでしまいます。部屋にこもった少年は、時間が止められるようになればいいのに、そうすればあんなことは起きずにすんだと考えるようになりました。

 

心配した友人が見舞いに来た時、幼い時のことや時間を止められるようになりたいことを話します。友人は、誰も君を嫌っていないから学校に来て欲しいことを粘り強く話し、少年は明日は学校に行くと約束をします。

 

次の日、少年は約束通り学校に行きました。クラスメイトは少年に普段通り接しようとしてくれるのですが、それが逆に少年に居づらさを感じさせてしまいます。そしてお昼。少年の弁当には卵は入ってなかったものの、隣の席の弁当に入っていた卵焼きを見てしまい、やはり吐いてしまったのです。

と、その瞬間、クラスメイト全員の動きが止まりました。時間が止まったのです。少年は、その間に、何もなかったようにするため、吐いた物をきれいに片付け始めます。ようやく片付けが終わりかけた時、廊下を歩いていく先生を見つけるのです。少年はクラスメイト全員が自分のために止まっていてくれていたのだと気づき、不意にあの歌を口ずさみます。

 

ハンプティ・ダンプティ 塀の上

ハンプティ・ダンプティ 転がり落ちた

王様のお馬をみんな集めても

王様の家来をみんな集めても

ハンプティは元にはもどらない

 

そして、その後こう続けたのです。

 

お馬も家来もみんな悲しんで

ハンプティは安らかに旅立ちました

LLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLL

 

う~ん、当時ここまでの表現できてなかったはず。

ただ、伝えたかったことはこんなことでした。

「確かにハンプティは元に戻らないけれど、馬も家来も全員集まってくれたなら、それだけ慕われていた人だったのではないか。そして、大いに悲しんだあとでは、やはり前を向いた方がいい。」

少年はそれに気づいて歌を続けたのです。過去の出来事は元に戻せないが、悔い改めたなら、それに縛られてはいけない。自分を大事にしてくれるクラスメイトがこんなにいるのだから、また前を向いていこうと考え、過去の呪縛から解き放たれるーー。そんな感じです。

 

実は根底に、「過ちて改ざる、是を過ちと言う」の影響もありました。小論文を書くずいぶん前でしたが「失敗をしたすべての人への励ましと応援である。」との思いを物語に織り込んだつもりでいました。

 

結局、ハンプティ・ダンプティの物語は、不採用でした。

無理もありません。内容が暗い上、劇にするのは難しいと自分から話したように思います。時間が止まったと信じるほど誰も動かない場面も無理があります。でも、不採用でも良かったのです。劇をやろうと言いつつ、全然具体的なお話作り等が出てこなかったので、クラスが動き出す刺激になればいいくらいに思っていましたから。

 

その後、「水戸黄門」をベースにした、笑いあり、感動?ありのお話を、数人の共同で作りました。夏休みも利用して、背景や大道具を用意したと思います。あれやこれやと考え、試行錯誤もしながら、たくさん笑顔を見ました。モンペ姿で新体操をしてくれたクラスメイト、嫌だと言いつつ笑顔で特別出演してくれた担任の先生も印象に残っています。後に卵の話も良かったと言ってくれた人もいて、嬉しかったことも憶えています。もしかしたら、記憶違いがあるかも知れませんが、みんな楽しんでいたように思います。

 

素晴らしい文化祭になったと言えるほどの話ではないでしょう。ただ、平凡な高校時代の1ページとして記憶に残ったことは確かなこと。そして、平凡なのに憶えている事って、案外、良いことなんじゃないか--、そんな風にも思うのです。