tn198403s 高校時代blog

「人生に無意味な時間は無い。ただ、その時間の意味を感じることなく生きているだけである。」この言葉を確かめてみようと、徒然なるまま、私の高校時代(1984.03卒業)の意味を振り返り綴るブログです。

音楽9.『主人公』(さだまさし)は何度も立ち上がる

今週のお題「わたしの好きな歌」。お題をもらって一番に思いついたのは、THE BLUE HEARTS の歌ですが、ここは高校時代blogです。高校時代に好きだった歌『悪女』は「音楽3.帰り道の『悪女』(中島みゆき)と月」に書いたので、今回は『主人公』(さだまさし)で。

 

これもNHK-FMで録音して聞いた歌。確か日曜の喫茶店という番組で、さだまさしの特集が組まれていました。そこで『主人公』を初めてじっくりと聞き、録音もしました。歌のラストのストレートなメッセージ性も心に響くのですが、歌の導入がまた良いのです。

 

『主人公』

歌:さだまさし 作詞:さだまさし 作曲:さだまさし

『時には 思い出行きの 旅行案内書(ガイドブック)にまかせ
「あの頃」という名の 駅でおりて「昔通り」を歩く ・・・』

 

高校時代に知った歌です。それなのに大学時代の思い出から始まる歌詞に懐かしさを感じる不思議。それは「思い出行きの 旅行案内書」や「「あの頃」という名の 駅でおりて「昔通り」を歩く」という魔法がかかっていたからでしょう。まだ18年に満たない少年の人生に大学は無くても、思い当たる「思い出」も「あの頃」も「昔(歩いた)通り」もありましたから。

 

(一)

よく思い出していたのは小学校5年(1975年4月)の初日のことです。その年に転任してきた担任の先生が、学級でのあいさつで語ったのは「主人公は君達だ。」でした。さだまさしの『主人公』は1978年発表のアルバムに初収録されていましたから、担任の先生の話の方が先です。

 

当時はまだ珍しかった、グループに課題を与えて調べさせ、授業で発表させる形式でした。日本の四大工業地帯の学習のとき、私たちのグループの担当は京浜工業地帯。他の工業地帯との違いで、印刷の工場が何故多いのかが分からず、先生に質問に行くと「君達が主人公なんだから、自分でまず調べてみなさい」と資料になる本など幾つか渡してくれるだけ。それを全部読むわけにもいかず、グループで分担して、目次や索引を手掛かりに探したように思います。しかし、学校の時間では足らず、放課後、グループ内の誰かの家に集まって調べたこともありました。

 

調べたことの発表の際は、導入されたばかりのOHP(オーバーヘッドプロジェクタ)を使うことに。OHPはかなりのきつい光源を使っているので、機械の冷却のため熱風が送風口から出るし、シートを置く画面からは光源の熱が伝わるしで、画面を観ながら説明をしていると汗だくになりました。また、ビニル製?のシートに普通の油性マジックで書いたグループがあって、きれいに消すことができずにシート不足という不測の事態に陥り、画用紙の枠にサランラップを貼って代用したこともありました。

 

あら?話がずれました。

ともかく「主人公」なんだから、手伝ってもらうことはあるにせよ、できる限り自分の力でやっていくということらしかったです。しかし、始めのうちは良かったのですが、グループも段々と悪慣れしていき手抜きをするメンバーも出てきます。他のグループも似た状況。手を抜いて適当にやるくらいならまだしも、集まっても遊ぶ、サボって集まらないなどの状況に、怒り心頭の人もいました。その不満や怒りを先生に訴えると、「そんなことで弱音を吐いてどうする」「困難があって乗り越えるのが主人公」「何の問題も起きない物語なんてない」「先生から話をする前に、自分できることをやってみなさい」といった対応なのです。

 

授業を学級会の時間に変えて、グループで話し合ったこともありました。時には、喧嘩を始める子や、泣きだす子もいました。泣くのも、サボったことをきつく責められてだったり、正論をわかってもらえず悔しくて泣いたり。私も泣いた一人です。そうこうする内に、「勉強がわからないのに、グループの勉強がどんどん進んでいくのが嫌」「なんか邪魔者にされてる気になる」などの話も出てきました。もう、どう話を進めたらいいかわからなくなりましたが、助けて欲しくて先生を見ると、にやにやと笑っている感じで余裕たっぷりという表情だったのを憶えています。きっとこういう展開になるのも予想していたのだと思います。

 

結局、話し合いがどう決着ついたのかは憶えていません。その後もグループ活動は続いたように思います。サボる人がいなくなったわけでも、喧嘩が無くなったわけでもなかったと思います。ただ、それまでやたらと対抗意識が強かったまじめな子とそうでない子との間に、柔らかいものができた感じで、ギスギス尖っていた教室の空気は、少し緩んだように思います。

 

さだまさしの『主人公』の歌詞には、

『あなたの眩しい笑顔と 友達の笑い声に
抱かれて私はいつでも 必ずきらめいていた』

とありますが、「主人公」になることを託された小5時代を、高校時代に思い出しても笑顔にあふれ「必ずきらめく」程のものには思えずにいました。

 

(二)

高校時代、『主人公』は『悪女』と同じく、一人で自転車を進めるときに歌う定番。

『時を遡る切符があれば 欲しくなる時がある
あそこの別れ道で選びなおせるならって』

大好きな歌でしたが、ここの歌詞には、抵抗がありました。しかし、歌詞には、それを嫌う人がいることも歌いこんでいます。でも「選びなおしたい」人もいるというのは納得済みの話でしたが、そう思う人の真意は私にはよくわからないです。

 

現状に満足してないから?他に幸せになれそうに思う道があるから?仮にそうだとして、別の別れ道を選んでいたら、本当に満足の行く幸せがあるのだろうか?今よりも酷い状況になっている可能性もあると思います。否、そもそも、満足の行く幸せをつかむことが幸せなのかという疑問もあります。幸せを手に入れて、次に目指す幸せが無いことが幸せなのか、幸せを手に入れても、まだ欲しい幸せがあることが幸せなのかーー。

  

高校時代に思い悩んだことへの疑問はそのままですが、さだまさしの別の歌に「幸せの形くらい、私にきめさせて」という歌詞もあり、そういうものかもと思っていました。

 

(三)

振り返れば、大学時代は『主人公』(さだまさし)の歌をそのまま再現したような時期となりました。もちろん、小5の時のような、喧嘩もあったし、誰かを悲しませたり、傷つけたりもありました。さらには、学問上での考え方の違いも、恋愛上の対立もありました。でもそれ以上に皆、笑顔でいたことが多かった印象があります。何人かについては、歌詞にある『そういえば あなたの服の 模様さえ覚えてる』のもその通りです。

 

大学時代は先述の歌詞 『あなたの眩しい笑顔と 友達の笑い声に 抱かれて私はいつでも 必ずきらめいていた』ように思います。

 

それは恐らく、高校時代から、この歌を何度も聞き、口ずさんでいたからのように思えてなりません。演習の際の議論で、どうしても相手と意見が合わなかったとき等に(私は私の人生を生きる、私の人生の中では私が主人公なのだから)と何度思ったやら。時には熱くなってそれを相手に話したことがあるかも知れないです。

 

大学を卒業後してもう30年。日帰りが厳しい距離でありながら、毎年のように再会する友人もいます。時に人生の節目に立ち会ったり、励ましてもらったりすることもあります。私の生き方を呆れられたこともありますが、それもひっくるめて受け入れてもらえている感があります。

 

(四)

『主人公』の最後の歌詞は

『時折思い出の中で あなたは支えてください
私の人生の中では 私が主人公だと 』

 です。

そんなわけで、 私にとって、この歌詞にある「あなた」は、実在の人物です。

くじけそうになる度、今まで、何度支えられ、立ち上がれたことやら。

そんなこんなで、なんとか私の人生もここまで辿りついています。

決して真っすぐではなく、紆余曲折があり、時にひっくり返ったり、くねくねと曲がった主人公ですけれどね。

f:id:tn198403s:20190709142146p:plain

え?私にとっての「あなた」は誰かって?

もちろん、その人の名は、さだまさし