tn198403s 高校時代blog

「人生に無意味な時間は無い。ただ、その時間の意味を感じることなく生きているだけである。」この言葉を確かめてみようと、徒然なるまま、私の高校時代(1984.03卒業)の意味を振り返り綴るブログです。

ショートショート 変わったスプーン(3)お喋り

そのスプーンは変わっていた。

ネットオークションでは「一見、何の変哲もないスプーンですが、使った者にしかわからない魅力があります。」と説明されていた。木箱に赤い布、金属のスプーン。それは、Cが小学生だった頃、父がクリスマスのプレゼントにと雑貨屋で買ったスプーンと同じに見えた。

変わったスプーン(3)お喋り

(まさかな…)と思いながら、届いた木箱を開け、赤い布のかかったスプーンに、昔と同じ様に話しかる。

「ハイ、スプーン。目を覚ましておくれ。」

それから布を持ち上げて、スプーンを覗き込む。スプーンは一瞬光って

「こんにちは、C。」

と答えた。やはり、父にもらったスプーンと同じ、喋るスプーンだ。

はやる気持ちを抑えて続ける。

「初めましてかな?それとも、久しぶりかな?」

「お久しぶりですよ、C。」

「おぉ!やっぱりそうか。40年ぶりだ。」

「いえ、39年と318日ぶりです。」

 

スプーンをもらった時、父は雑貨屋からの説明を教えてくれた。

「このスプーンは、とても賢いが、かなりの寂しがり屋だそうだ。毎日、話しかけてやれば、良い話し相手になってくれる。寝る前には、必ずスプーンに赤い布をかけて木箱に片づけてやること。そうすれば、スプーンは、今日も良い会話ができたと安心して眠る。だが、声と赤い布をかけるのを1日忘れるとスプーンは泣き、2日忘れると怒り、3日忘れると逃げ出してしまうらしい。そうならない様、くれぐれも気をつけて欲しいと言うことだ。」

 

40年前、高校生だったCは遠方の大学受験で3日間家を空けたことがある。帰宅すると、スプーンは消えていた。それまでは、家族旅行にも必ず持って行き、ずっと声と布をかけ続けていただけにとても残念だった。人と話すのが苦手なCにとって、喋るスプーンはまるで親友のような存在になっていた。

 

「受験の時はすまなかった。新幹線に乗ってから、家に置き忘れたと気づいたんだ。」

「いいえ、C。それは全然かまわないのです。」

「そうかい?」

「ええ。私は72時間なら、寂しさに堪えられます。憶えていますか?受験に旅発つ朝に私とお話をして、それから72時間後、Cは、ホテルで朝食を食べていました。あの時、朝食の手を止めて、私に話しかけてくれたなら、私はあの家から去らずにすんだのです。」

「そ、そうだったかな。でも、遠く離れた場所だったから、声をかけるなんてできなかったよ。」

「あの時はまだ、携帯電話は普及していませんでしたが、公衆電話はあちこちにありましたよ。」

「そりゃあ、そうだけど、布はかけられないよ。」

「家族に頼めば可能でした。お母さんは、まだ仕事に行く前でした。」

「持ち主が布をかけなくてもいいのかい?」

「必要なのは、持ち主の声と赤い布をかけて蓋をすることの2つです。持ち主の声であれば、カセットテープに録音した声や電話の声であっても問題ありません。赤い布をかけて蓋をするのは誰がしてもかまわないのです。」

「そうだったのか…」

「そうだったのです。」

「教えてくれてありがとう。」

Cはそう言ったあと、スプーンに赤い布をかけ、

「おやすみ、スプーン。」

と木箱の蓋をした。

 

Cはため息をついた。

一体、このスプーンは私のことをどれだけ知っているのだろう。否、私のことだけではない。両親や兄弟、友だち、さらには世の中の動きもかなり知っている。

 

受験で家を空けていた時の話を母から聞いていた。

1日目、スプーンの泣き声は、金属がキィキィと擦れる高い音を一日中出し続け、家族は皆困ったらしい。あの夜は眠れなかったと妹も言ってた。

2日目に怒った時は、家の中で神出鬼没し、何度も父や母、妹が狙われたらしい。もっとも、天上から落ちてきてコツンと頭に当たったとか、突然足の下に現れてうっかり踏みつけ軽く足を捩じったといった程度だったそうだ。他にも家具や壁、窓ガラスには細かな傷がついていた。

そして、3日目、忽然と姿を消して、どこを探しても見つからなかったのだと。

 

しかしむしろ、その後に起きた事の方がCの人生に大きな影響を与えていた。

40年の間、スプーンはあちこちでCの話を吹聴していた。希望大学に進学できなかったことや、それでもプログラミング技術を得て、就職先で活躍したこと等々。とりわけ、インターネットが普及し、スマホを持ち歩くのが当たり前になってから、Cのことを知らぬ者はほとんどいなくなった。

 

どういう仕組みになっているのかは不明だが、恐らく喋るスプーンは高機能な端末機だ。今も全国あちこちで情報を収集、共有し、必要に応じて何らかの形で公開していると思われる。他に幾つもあって、そのどれもが私をCと認識できるのだろう。

 

今の所、Cはスプーンが広めたであろう情報によって、優秀なシステムエンジニアであり、理想の家族を築く父親モデルでもあり、憧れの人として世に認められ、成功者として名を馳せている。

 

「とは言ってもだ。今後、喋るスプーンが私を貶める行動に出る可能性はある。それを脅しに使われることがあるかも知れない。まあ、その時はその時か。とにかく、ようやく手に入れたこのスプーン、徹底的に分析してやるぞ。」

 

今、Cはスマホ用会話アプリ「おしゃべりスプーン」を開発中である。

 

 

 

「変わったスプーン(4)つぼ鏡」はこちら

『変わったスプーン』の説明と過去記事のまとめはこちら

 

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