tn198403s 高校時代blog

「人生に無意味な時間は無い。ただ、その時間の意味を感じることなく生きているだけである。」この言葉を確かめてみようと、徒然なるまま、私の高校時代(1984.03卒業)の意味を振り返り綴るブログです。

ショートショート 変わったスプーン(1)食事

そのスプーンは変わっていた。

ネットオークションで「一見、何の変哲もないスプーンですが、使った者にしかわからない魅力があります。」との説明を添えた1本の金属製スプーンが紹介されている。赤い布で覆い、木箱に入れて送られるという。

変わったスプーン(1)食事

コンビニでバイトをしている苦学生Aがそれを買ったのは、本当に気まぐれだった。届いた木箱は、蓋と箱がピッタリ合わさっていて簡単には開かない。蓋を箱からゆっくり垂直に持ち上げるようにして開ける。ふたを開けた瞬間、ほのかに木の香りがした。箱の中には、赤い布で包まれた物が鎮座している。布をめくると、サイトの写真で見たスプーンが入っていた。普通の金属製で、模様も無いが、きらきらと銀色に輝き、どことなく高級感がある。これで送料込みの300円。何だかお得感があった。

 

Aはバイト先のコンビニから店長の黙認を得たチャーハンを持ち返っていた。温め機能だけの電子レンジで加熱。もう日付が変わり、遅い夕食というより夜食である。ワンルームの部屋で一人きり。

 

さっそく届いたスプーンを使ってみる。魅力とは一体どんなものか少し気になったが、食べ始めるとそんなことはすぐ忘れてしまった。

二口、三口と食べた後、つい、愚痴が出てしまう。

「それなりに美味いチャーハンだけど、量の少なさは残念だな。これに麻婆豆腐でもトッピングされてたらいいんだけど。」

そう言いつつ、チャーハンをすくって、また一口食べる。

 

「え?」

目の前のトレーにはチャーハンがあるだけだが、今、口の中では麻婆豆腐とチャーハンが踊っている。ひき肉や豆腐、豆板醤の効いた辛めの味噌味が、チャーハンと混ざって感じられた。

 

(嘘だろ?)口をもごもごさせながら移動し、鏡で口の中を見てみるとチャーハンの米粒や具材の他、崩れた白い豆腐や、ミンチの粒も確認できた。味も悪くないどころか、素直に美味いと思えた。

 

席に戻って残りのチャーハンを食べてみると、どういう仕組みなのかは不明だが、口の中では麻婆豆腐チャーハンになるのだ。小さな1皿のチャーハンだったが、食べ応えは十分で、お腹も膨れた。(これは凄いスプーンかもしれない。)

 

スプーンの威力はチャーハンの時に限らない。どんぶりにご飯を入れて、スプーンで食べれば、かつ丼にも、うな丼にもなるし、刺身の乗った海鮮丼にもなる。そればかりではなかった。水をすくって飲む時には、コーヒーにも、シチューにも、ワインにもなってくれた。

 

調子に乗ったAは、あらゆるもので試すようになった。ちぎった雑草をスプーンに載せれば、ほうれん草のバター炒めになったし、強く願えば板切れがステーキにもなるし、砂をすくって念じれば、イクラにもキャビアにもなる。もっとも、本物のキャビアを食べたことが無かったので、それが本物と同じだったかはわからない。

 

ともかく、そのスプーンのおかげで、Aは食材にも食費にも困らなくなった。もともと料理は得意ではなかったが、料理をする必要も無くなった。上手く念じることができれば、何だって食べることができるのだ。空腹になることもなく、バイト代は増えなくとも、自由に使える金額は増えた。これからは学生生活が少しは充実したものになると、Aは喜んだ。

 

しかし、半年後にAは倒れ、病院に送られることになってしまった。

現代の日本では珍しい程、極度の栄養失調だと診断された。その上、胃の中は石や砂、プラスチック類で一杯になっていたらしい。

彼が何を食べていたのか、医師には理解できなかった。

 

 

 

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『変わったスプーン』の説明と記事のまとめはこちら

 

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