<ルール>
唐突ですが、オセロゲーム(8×8の64マス)をイメージしてください。ただし、通常のオセロとは違い、同じ色で挟んでも駒はひっくり返りません。1人に1枚渡された表裏が黒白の駒を、どちらを上にして置くか、あるいは置かずにその場を去るかです。参加者64人全員の番が終わった時、駒数の多い色の勝ち。勝った色を置いた人の中から次のゲームの主催者を決めることができます。そんなルール。
<プロローグ>
さて、ここで質問です。
64人が置き終えた時、「全部黒」と「1枚だけ白がある」
これは同じですか?違いますか?
「どっちにしても黒の勝ちだから同じ。」という人は多いでしょう。
でも、勝ち負けだけでは片付かないこともあるというお話です。
対戦
<序盤戦>
さて、既に対戦ははじまっている。
今、盤面に15枚の黒と7枚の白。後は空き。
駒を持つ人はあと42人。
「多分、黒が勝つ」と思う人は多いだろう。
「まだ白にも逆転の可能性はある」と思う人も幾らかはいそうである。
さらに対局が進む。
「勝ちそうなのは黒だろうし」と黒を置く人。
「私は最初から白に決めてるの」と勢いよく白を置くEさん。
「黒って頼まれてるからなぁ」と黒を置く人。
「俺帰る。どうせ黒が勝つだろうから。」と置かずに会場を去る人が出てきた。
「負けてもいい、でも、黒は置きたくない。」と恐々と白を置くCさん。
「私も黒にするようお願いされてるの。」と静かに黒を置く人。
<中盤戦>
ここまでで、黒18、白9、去った人1。残り36人。
「う~~ん。もう少し考えるから待って。」と悩みだす人出現。
「悩まなくたって、もう黒の勝ちだよ。」待ちきれずに急かす人も出てきた。
「この時点で、黒は白のダブルスコアだよ。決定的だよ。」
実は、黒を置いた内の6人は、黒が勝ったら豪華昼食をご馳走してもらえることになっていた。ただしこのことは、6人以外には絶対内緒。そして6人はそれぞれ、こっそり「飴玉あげるから黒を置くように」と頼んだ人がいました。そんな訳でこの対戦、最初から黒に12ものアドバンテージがあったのです。
「考えなくてもいいよ。もう勝負は決まってたようなもの。はい、次の人。」
「待ってよ。どの色を置くか、それに帰るかを決めるのはその人の自由でしょ。」
「もうたっぷり考えただろ。駒置くのにだらだらしてるから言われるんだ。」
昼食の時間まであと30分に迫っていました。あと34人。
「はい、それでは今から新ルールです。一人持ち時間30秒とします。」
そう言ったのは、既に駒を置き終えた黒賀勝造さん。この対戦の主催者です。
「え~?聞いてないよ。」と言う人続出。
「でももう、皆さん、お腹がすいてきてるでしょう。私は主催者として、皆さんの健康を守る責任があります。空腹で倒れさせるわけにはいきません。」と黒賀さん。
「うん、そう。お腹すいたわ。」
「無理もないよ。もうすぐ、お昼だもの。」後押しする声があがります。
「では、ここに緊急事態を宣言し、30秒ルール開始です。皆さん、急いでください。」
<30秒ルール開始>
急かされていた人は結局、後ろの人に抜かされました。
「ぱぱっとね。はい、黒!飴玉いただき!」と飴玉で黒を頼まれた人。
「飴玉?何それ?」、「はいはい、そこ、無駄口しない。次。」
「じゃあ、私も黒飴が好きだから黒。」この人も飴付きで頼まれていました。
飴玉をもらうには、「飴」の合言葉を言う決まりだったのです。
「おぉ、黒の勢いすご!俺も黒で。」頼まれてないBさんも流れに乗ります。
「もう、こうなったら黒でしょ。」と、また黒。勢いがとまりません。
「黒、黒、黒~」もはやムーブメント。6人連続で黒。
黒23、白9、去った人1。残り31人。
「はい、さっきのあなた、残り10秒ですよ。9,8,7…」
「え?え~と、え~と、じゃあ、もう少し白に頑張って欲しいから白。」
「ちっ。」「え?何?」「いえいえ、何も言っていませんよ。次の人~。」
黒、黒、白、黒、黒飴、黒、白、黒、黒。 次々置いて行く。
「あ~腹減った。飴玉食いてえなぁ。はいよ、黒。」飴玉ゲット4人目です。
黒31、白12、去った人1。残り20人
「あ、私が駒置いても結果は変わらなさそうだから、帰ります。」とAさん。
「僕も、帰る。」
「私は帰らないわ。白置いて最後まで成り行き見てる。」白を置く。
「決まったも同然ね~。もう意味ないし帰る。」とDさん。去る人続出。
「お腹も空いたから、じゃあね。」と置かずにまた一人去る。
黒31、白13、去った人5、残り15人。
<終盤の異変>
「あぁ、これで勝負は決まりましたね。」と主催者、黒賀さん。
「え?でも、あと15人いますよ。」
「あはは。いてもいなくても同じですよ。もし、万、万、万が一、残り全員が白だったとしてもですよ、白は28にしかならないじゃないですか。黒は32ですから、黒の勝ちです。私が間違ったこと言うはずないじゃないですか。」黒賀さん、饒舌です。
「それに、白は28にもならないよ。よくて26だね。あ。」豪華昼食組の一人が口を滑らせた。
「え?」
「ちょっと~、私にも駒置かせてよ。飴玉もらい損ねちゃうじゃない。」
「え?何?飴玉?」
「あ!外見て。雨だ!まちがえて言ったんでしょ。」飴玉5人目の依頼者、苦しいフォローの上、目をぱちぱち。
それに気づいた飴玉5人目も目をぱちぱち。気づいた様子。
「あ、うん。そうそう。間違えたの。はい、黒。雨ですね~。」
でも、十分には伝わっていなかった様子。
「ちっ。」
飴玉と引き換えに黒を置くように頼まれた5人目、多分、任務達成。
黒32、白13、去った人5、残り14人。
「あ、また、ちって言った。それにさっきの人も黒飴って言ってた。」
「違いますよ、黒って言った後に、雨、ですよ。外で雨降り出したから。」
5人目の依頼者、懸命に弁明。
「うぅうん、雨が降るもっと前にも黒飴って言った人もいたわ。」と首を振る。
「証拠はあるんですか?!」と突然に口調がきつくなる黒賀さん。
「え?」
「証拠もないのに、疑うなんて、失礼でしょう!」
「え、いえ…」
「はいはい、お取込み中すみません。一人30秒以内でしたね。私も置きま~す。」
このタイミングで、飴玉6人目がしゃしゃり出ようとしたが、
「だまらっしゃい!今、私が話しているんですよ。」
主催者黒賀さんに叱責されて、条件クリア成らず。
6人目、すごすご列に戻る。
<思わぬ声>
「証拠ならありますよ。」沈黙した会場にどこからか声が響く。
「え?」「どゆこと?」場内の空気一変。
「ど、どこにあるって言うのですか?あ、ありませんよ。」黒賀さん、引きつる笑い。
「何言ってるんですか?この会場の様子、中継されてますよ。」声の主、登場。
「テ、テレビ放送はしないって話でしたよ。」と黒賀さん、動揺を隠せず。
「テレビ放送じゃないです。ネット中継。ほら、カメラ。」彼は記録係。
小さいカメラだから、先に気づくのは無理。青ざめる黒賀さん。
「あの~。対戦は…」6人目、飴玉が気になって仕方ない。
「おいそこ、黙れ!」今度は6人目の依頼主、つまり豪華昼食内定者が制止する。
「え~~、そんな~。30秒ルールが…」の声は無視された。
「で、どうします?対戦は中止にしますか?」
「あ、いや…」
この対戦を制して主催者継続することを条件に豪華昼食100人分の代金をもらっていた黒賀さん。ここで中止するわけにもいかず。
「た、対戦は、も、もちろん、最後までやりますよ。主催者にはその責任があります。さあ、続けましょう。」
空腹の話はどこへやら。
飴玉6人目、喜んだ。
「やったぁ!でも、30秒ルールはどうなったんでしょう?駒置いていいんですか?」
と聞くと、黒賀さんやや顔を引きつらせながらも、
「そりゃあ、もちろん構いませんよ。不測の事態ですから、30秒ルールはもう撤廃です。緊急事態宣言も解除。昼食の時間には入り込んでしまいましたが、何一つ問題はありません。なんなら、夕食時間まで待ちますよ。どうぞ。」
と、最後にはにこやかに言う。
「何だよそれ、腹を減らさないための緊急事態宣言だったはずだろ。」
「私も先ほどまでは、空腹に備えるつもりでしたが、今の皆さんを見ると、昼食を抜いたからと言って直ちに危険が及ぶものでは無いと判断いたしました。よって宣言を解除します。命の危険に至らず、本当に良かった。さあ、安心して続けましょう。」
皆が呆れる中で、飴玉6人目一人、元気一杯。飴玉ゲットのチャンス到来。
「それじゃあ~」
と言ったまでは良かったが、その瞬間に背後から依頼主が口を塞ぎ、そのまま会場の隅に連れていく。そして、依頼主は声をひそめながら顔を真っ赤な怒りに染めて「依頼は無しだ!いいな。」と一喝。
飴玉6人目はついに断念し、ならばと黒から白へと決意を改め、列に戻る。
<対戦再開、勝負の行方>
さて、ここまで、黒32、白13、去った人5、残り14人。
既に場内の雰囲気は飴玉6人目を含め全員が白で固まった様子。
でも、黒賀勝造は動じない。
「まぁ、あと全員白でも、黒の勝ちは動きません。」
白白白白白白白白白白白白白白。見事に14人全員白。
対戦結果。黒32、白27、去った人5。黒のーー。
「いえ、駄目です。さっきの件を確かめないと判定は出せません。」
と記録係が正論をかざす。
会場に残った全員が、ネット中継の録画を大画面で見ることに。
するとーー。
飴玉でつられた5人はばっちり証拠に残り、「飴(雨)」と言った者全員が黒を置いていた。それだけではない。なんと、5人は口の中でコロコロ飴玉を舐めながら録画を見ていたのだ。皆の視線を浴び、慌てて飴を噛み砕き、唇まで噛んで血が出た者もいた。その場で詰問。言い逃れのしようもなく、認めるしかなかった。
飴玉で買収された者をカウントはできないと意見は一致。
結局、5人分は無効とされ、黒27、白27、去った人5、無効5。
<昼食休憩>
判定は持ち越しになった。とは言え、もう、お昼の時間である。
黒賀さん、仕方なく昼食休憩をとることを決定。と言っても、会場に残っている者は60名余り。全員が短時間に近辺で食事を済ますのも容易ではない。そこで、提案した。
「ご安心ください。私は皆さんの命を守るため、ここにいらっしゃる皆さん、全員にお昼ご飯を無料で提供することにいたします。」
「おぉ~~。」会場の大半から喜びの声があがる。
「ちっ」の舌打ちした者が6人。無理もない。豪華昼食の機会を失ったのである。
「あれ?また、ちって。」
黒賀さんはその言葉には反応せず、得意気に続けた。
「おそらく、ご予定があった方もいらっしゃったのでしょう。でも、先ほど係の物と相談したところ、皆さんに、おにぎりを2個、お配りできることになりました。決して十分とは言えないですが、この危機に対応する一助となればと思います。会場1階の食堂に用意しております。さあ、どうぞ。ご堪能ください。」
会場で無料昼食の反応は微妙だったが、黒賀さんは多くの命を救うことができたと、ご満悦の表情を見せた。
昼食後、別室に豪華昼食喪失メンバーを集めると表情は一変した。
「ぐぐぐ。」勝ちを逃した黒賀さんの怒りは収まらず、その矛先は、飴玉6人目の依頼主に向けられる。
「どうして、君は6人目を止めたんだ!君のせいで勝てなかったんだぞ。君が6人目を止めなかったら、無効が6だ。そして、黒27、白26で、黒の勝ちだったんだぞ!」
「あ、いえ、あの、す、すみません。そこまで考えが回りませんでした。」
黒賀さんだって憶えている。先に6人目を止めたのは自分だったことを。その様子は録画で確かめた。あの時、「だまらっしゃい!」と言ってなかったら…。
「ぬぅう。まあいい。まだ負けた訳じゃありません。もし、やり直し対戦で、万が一でも負けるようなことになれば、私は主催者を辞任しますよ。」
そう言って、部屋に居る者をじっと睨む。皆、息を飲み込んだ。負けたら辞めるのがルールなのだから当たり前である。皆、笑いをこらえるのに必死だった。
<思わぬ展開>
昼食休憩後、皆が対戦会場に集まった。と、そこへ、一度は会場を去った5人が登場。手には白黒の駒。駒を置きに来たのだ。しかし黒賀さんは動じない。
「何ですか?あなたたち。会場を去った者に出番はありませんよ。」
「いえ、駒を置く権利はあります。黒賀さん、「なんなら夕食時間まで待ちますよ。」っておっしゃってましたよね?だから帰ってきたんです。夕食まではまだたっぷり時間がありますから。」
さ~っと、血の気が引く黒賀さん。
「な、ななな、なに、いってんでっか?」
言葉が出ない黒賀に変わって飴玉6人目の依頼主が答える。名誉挽回の好機だ。
「駄目だ、駄目だ。そもそも、君たちは30秒ルールが解除される前に帰ったじゃないか。30秒ルール適用で駒を置く権利はない。」
「しょ、しょうだぞ。」黒賀も加勢する。
「そんな。勝手に決めた30秒ルールなんて効力ないだろ?」
「勝手じゃない。空腹回避で緊急事態を宣言していただろう?緊急事態であった以上、主催者は全てのルールを決定できるんだよ。残念だったな。」
「緊急事態は、もう解かれたのではないですか?」記録係が割って入る。
「ああ、昼食前にはな。」黒賀さん、認める。
「主催者に伺います。緊急事態であったから30秒ルールは成立していた。つまり、緊急事態でなければ、30秒ルールは成立していなかった。そういうことですか。」
「ま、まあ、しょうだな。」
適当な理由がいくらでもつけられるから緊急事態は便利だ。それが効いて、会場を去った者が続出したのだからな。よくぞ、あのとき、緊急事態を宣言したもんだとご満悦の黒賀さん。
「ありがとうございます。念のため、お伺いします。30秒ルールは緊急事態でのみ有効であり、緊急事態でなければ無効であるとの認識で良いですか。」
「ああ、緊急事態でなければ無効、その通りだ。」
くどい質問に黒賀さんは明確に答える。記録係もはっきりとした声で言う。
「わかりました。なら、一番最初に会場を出た彼に限って、緊急事態宣言の時間外であったため、30秒ルールの適用外に当たります。駒を置く権利が認められます。」
「な、何ぃいいい?」
「緊急事態の宣言は、権力者に大きな権限が与えられるで、ともすれば権力の濫用に繋がりやすく、何らかの基準が必要です。今回の宣言では、大きく二つの基準がありました。一つは空腹の危機、もう一つは宣言適用の範囲です。空腹危機の判断に関しては、第三者にはわかりづらく、それが適切であったかは慎重な検証が必要です。ですが、今ここで結論を出すには、ここにお集まりの皆さんのお時間をいたずらに浪費させることになり、避けるべきでしょう。一方、二つ目の適用範囲については、第三者にも判断できる、時間という明確な基準がありました。自らの権力の範囲を定めた主催者の聡明な判断により、結論を出せたことに感謝します。」
こうして、最初に会場を出た彼の一駒は、白として盤上に置かれることになった。
その結果、黒27、白28、去った人4、無効5。
白のーー。
それぞれの理由
黒賀さんが、体をこわばらせ、声を絞り出すように言った。
「認めない。そんなの認められるわけ無いじゃありませんか。私の名に誓って言いますよ。いいですか。黒が勝つぞう。」
その場の全員が固まった。ここは笑うべきところなのか?絶対に笑ってはいけないところなのか?それがわからない。
<Aの場合>
不意を突いて、帰還した者の一人が切り出した。
「黒賀さん。もしかして、あなた、黒と白の数だけを気にしているのではありませんか?駒を置こうとする人の気持ち、少しでも考えたことがありますか?」
声が震えている。黒賀が怖いのか、さっきの発言で笑いをこらえているのか。恐らく前者であることは続きの話からうかがえた。
「私、本当はあの時、白を置きたかった。でも怖かったんです。逃げたんです。何故だかわかりますか?私が駒を置く直前、急に黒を置く人がたくさんになって、ここで白を置いたら、周りの人にどう思われるんだろうなって。でも、自分の気持ちに反して、黒を置くこともできなかったんです。一人去っていたから、盤上における駒は多くても63枚。そして、私の番の時の盤上には黒が31枚。白を置きたかったのに怖くてできず、無責任に黒を置けたら楽だったかも知れませんが、私が黒を置けば黒の勝ちが決まってしまうからそれもできず。結局、逃げるしかできなかったんです。皆さん、ごめんなさい。」
<Bの場合>
「あ~~~。あぁ。悪りぃ。それ俺の責任かも。ごめん。飴で買収があったなんて知らなかったからよぉ。でも、俺の前で黒が3連続だぜ。黒の流れが来たぁああって思うじゃん。それに乗っかって勝者の気分味わいてぇじゃん。敗者の気分なんて味わいたく無ぇじゃん。そう思ってたのに、何?勝敗がひっくり返って、負けた原因は俺にあるみたいじゃん。違うだろ。原因は飴玉に買収された連中だろ?」
<Cの場合>
「私も怖かった。でも、震えながら白を置いたの。対戦の勝ち負けも大事でしょうけど、自分に嘘ついたら、私が負けるような気がしたの。今だって怖い。お前の勝ち負けより、対戦の勝ち負けの方が大事だって言われそうな気がして。私、こんなに怖がりで何にもできないけど、でも、いつか…いつか、怖がりでなくなれたらいいなって…本当は思ってるの。」
<Dの場合>
「あ~、正直、面倒なんだよね。対戦て。自分の駒で勝ち負けがつくなんて。それで勝った負けたで喜んだり、悲しんだり。どっちでもいいじゃん。私の人生がそんなので変わる?対戦で勝てば人生勝ち組になれんの?負ければ、人生終わり?そんなはずないでしょ。私の人生に対戦なんて関係ないでしょ。巻き込まないでよ。そう思って、私も逃げた。さっき、Aさんが黒の勝ちが決まるから逃げたって言ってたけど、それは違う。そんなことで謝る必要もないよ。私みたいに勝ち負け関係なく逃げる奴だっているんだから。無責任な奴の責任まで背負うような考え方は、やめた方が良いよ。」
<記録係の話>
「一つ、言わせてください。」記録係が話し始めた。
「確かに、今回の対戦だけで、人生の勝ち負けまでは決まらない。だろうとは思います。でも、今回の勝ち負けで、皆さんの給与の額が変わる、買う物の値段が変わる。かも知れない。それでも、この対戦の勝ち負けは、人生に無関係といえますか?対戦の関係の有無は個人では決められません。また、何をどう思い込んでも事実は変わらないのです。」
「どういうこと?」
記録係が続ける。
「今回の主催者、黒賀さんは、この会場運営の責任者です。食堂のメニューも値段も決めることができます。会場の利用料も。皆さんは今回の対戦で利用料は払っていないはずです。先ほどのおにぎり2個も無料でした。では、それを用意するお金はどこから?そう、国から出されます。そのお金は誰に?そう、主催者さんにです。ちなみに幾らなのか調べてみました。70億円。」
「え~~~?!そんなに?」
「みなさん、お一人に1億円ずつ渡しても、まだ余る。それほどの額です。それを主催者が手にできる。もし、その全額を懐に入れるのではなく、幾らかでも皆さんの生活支援に分配しましょうという主催者だったなら、どうですか?」
「1億円かぁ~~。」
「もちろん、実際には、この会場の管理やここで働く人、事務や調理、医師、介護など、たくさんの人を支えていますから、それほどの額にはなりません。でも、具体的な額を一つ聞くだけで、イメージが大きく変わりませんか?知らされないままにされているのは理不尽だと思いませんか?」
<黒賀さんの話>
黒賀さんが、記録係を指さしながら言った
「あなた、何でたらめ言っているんですか?みなさん、あんな人の話、聞かない方が良いですよ。みなさんは、面倒なことは何も考えなくていいんです。私に任せてくれれば大丈夫です。安心してください。私がみなさんを守ります。」
<Eの場合>
「みなさんを守るって、誰のことですか?そこに私も入ってますか?」とEさん。
「も、もちろんですよ。ここにいる全員です。」と黒賀さん。
「私、どうなっても知らないからな、と脅されたんですけど?」
と続く話に、青ざめたのは飴玉6人目の依頼主だった。
「あの人に、飴玉やるから黒を置けって。断ったら、脅されました。さらに、このことを誰かに話したら、酷い目にあわせてやるとも言われました。」
「しょ、証拠はあるのですか?」と飴玉6人目の依頼主。
「ない。会話を録音しておけばよかったなって思ってる。」
「それも言いがかりですね。」と黒賀さん加勢する。
「ほら。黒賀さんは脅された私を守ろうとはしない。」とEさん。
「証拠がないからですよ。認められません。」と黒賀さん。
「証拠が残らないようにしてるんでしょ。証拠が無いからって言う前に、まず、あの人に確かめてみたらどうですか?」
「聞く必要はありません。あの人や私を侮辱するのはやめなさい。」
「侮辱じゃなくて、事実です。結局、あの人は守るけど、わたしを守ろうとしない。」
「証拠がないんでしょう?」
「証拠が無ければ、事実を歪めても構わないと言うの?そうよね。さっきも黒飴って言った人の証拠はないって言ってましたからね。記録係さんがいなければ、黒の圧勝で対戦は終わってたはずですものね。」
「水掛け論ですね。話になりません。」
<エピローグ>
この話には、結末がありません。水掛け論で終わっています。
ここで、プロローグでの質問を振り返りましょう。
64人が置き終えた時、「全部黒」と「1枚だけ白がある」
これは同じですか?違いますか?
勝ち負けで見ればば変わりません。
でも、1枚の白がある理由を考えようとするなら大きく違います。
結果がわかっていてもわからなくても、自分の意思を示すかどうかで、自分も世の中も、ほんのわずかでも違いが生じてくるのではないでしょうか。
そう思います。
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<余談 投票3日前、7月7日の夜に>
2022参院選の投票まで後10日程のタイミングで書き始めた創作話でした。
その前から、
選挙って何?どうすれば投票者が増えるのだろう?大事なことは何か?
と、あれこれ考えて調べて、また考えて。
結局、黒賀さんの言う通り「話にならない」ままですが、投稿することにします。
「結果が変わらないなら選挙に行く意味がない」は本当か?
というのが書き始めた時のテーマでした。もちろん、投票して政治を国を少しでもいい方向に変えることが理想でしょう。でも、国を変える程の風が無ければ、投票に行く意味がないとはどうしても思えずにいます。
結果に関わらず投票する意味とは何でしょうか。
私なりの答えとして、
投票する意味は
自分の選択した結果を示すこと
だと思いました。
今日は七夕。
遇うべき人、投票したい人とは出会えましたか?
投票日まで3日です。