安野光雅さんの訃報を今日知りました。亡くなられたのは2020年12月24日、94歳とのこと。お悔やみ申し上げます。
喪失感が大きいです。安野さんの存在を知ったのは高校卒業後でした。確か、パズル雑誌『ニコリ』に紹介されていた、彼の代表作の一つ『ABCの本』の話から興味を持ったように思います。
『ABCの本』
アルファベットを木で立体に描いた『ABCの本』。安野さんの思いつきの話がまた面白いです。
ある日、テーブルの角が「T」に見えた。それでアルファベットを立体的に描くことができそうだと思ったんだ。早くやらないと他にやる人がいるかもしれない。そう思って急いで取りかかった。
まず、テーブル( Table )の角が「T」です。物を文字に見る発想。
それも単なる立体にした文字ではありません。
安野光雅( Mitsumasa Anno )さんを偲んで、『ABCの本』のMとAを真似てみました。
見ただけで不思議と楽しさが溢れんばかりなのが、私の下手なイラストで通じるでしょうか。実際の絵本では美しい木目が丁寧に描かれ、木の温かみまで伝わってきます。
左右対称の文字「M」を「鏡(Mirror)」に映すという発想。
「A」は、だまし絵としての「芸術作品(Art)」。
私にとって遊び心の師匠でした。
「P」と「R」も好きです。
「E」のシンプルな複雑さにも驚かされます。
『あいうえおの本』
この本に出合う前、『旅の絵本』シリーズ、『天動説の絵本』、『さかさま』『ふしぎな絵』などに観ていたためか、安野さんが欧米的な文化に親しむ人のような印象を勝手に持っていました。
『ABCの本』の後、今度はひらがなを木で立体的に描く『あいうえおの本』も出版していました。それを観た時、とても驚いたのを憶えています。安野さんが日本語をよく知っていること、それを大事にしたいという思いが伝わってくるのです。
この本のあとがきから少し引用します。
この(『ABCの本』を作った)経験をいかして、”あいうえおの本”をかこうと思いたった。文字を教えよう、というのではない、日本の伝統的な形と、ことばとを結びつけたかった。
※( )は私の補足。
本には日本の伝統的な道具がたくさん出てきます。現在にあっては、その一つ一つの名前を知らないばかりか、形すら見たことのない物もあると思います。
昨今、育児教育、幼児教育を謳う児童書には、子どもに文字を憶えることを急かしているような本を見受けます。文字が先にできたのではなく、言葉や物があったから、文字ができたことを忘れているかのようです。
その点『あいうえおの本』は、先に多種多様な言葉や物があり、それを伝えたいという思いから文字ができたことを思い出させてくれます。伝えたくなる言葉をたくさん仕込んでいます。解説に取り上げられていない言葉もたくさんあって、それを見つけるのも楽しいです。きっと私もまだ気づいていない言葉があるように思います。
物があり、言葉ができ、文字が作られたことを教えてくれた安野さんは、ほんとうに日本語に優しい人だと思いました。
『旅の絵本』シリーズ
これも大好きです。至る所に仕掛けがいっぱい。長くなるので詳しくは説明しませんが、「これってあれじゃない?」「さっきのがこれに繋がってるかな?」ぼんやり眺めるだけでも楽しいのですが、真剣になって絵と対話すると、絵が教えてくれることがあります。ストーリーを描く文字はありません。
絵が文字以上に語ってくれる本です。
そういえば、好きだった女性にプレゼントしたこともあります。若気の至りで、文字のない絵本に有難迷惑な物語を書いたメモを挟んで。何がしたかったんだろう?私。
また、出産祝いにプレゼントしたこともあります。子どもが小さい時から大人になってまでずっと楽しめる本だからと。今でも持ってくれているでしょうか。旧世紀のことです。
他にもたくさん
絵本だけではありません。エッセイ集『算私語録』も楽しかったです。科学、数学に加えてパズル的な発想にも共感して、日常で気づかずにいた不思議をたくさん見つけられました。私が気づいたことなどほんのわずかなことかも知れません。でも、不思議は至る所にあり、至る所でそれを楽しめる、そんな感性を教えてもらった気がしています。
不思議を楽しませてくれた安野光雅さん、ありがとうございました。
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(1月24日加筆)
<余談 福音館書店のサイトに安野さんの特設コーナー>
福音館書店のサイトに安野さんの特設コーナーがあります。コメントで、さじ (id:conasaji)から教えてもらいました。どの記事もいいお話だったので、記事に記しておくことにしました。
とりわけ、「絵本作家のアトリエ」シリーズの取材は、読んでる内に涙が出ちゃいました。
静かで穏やかで熱いです。私もそんな人になりたいです。