好きか嫌いかで言うとありがとう。
◆コレハ ドウ ウケトメタラ イイノダロウ?
君を前にして思考が止まってしまった僕を、微笑みながら覗き込んでいる。何だかズルイ。意を決しての告白は、成功したとは言えそうにない。でも、失敗と決めてあきらめるのも違う気がする。虚を突かれた僕はどう反応すべきなのだろうか。
そういうことだから。じゃあね。
反応できないままにいる僕を見飽きたのか、それだけ言って君は去っていく。その姿は瞬きするたびストップモーションのように僕の網膜に映りながら小さくなっていく。
◆◆◆ ◆◆◆
「どうしたの?」
「いや、ちょっと思い出したことがあってね。」
「ふ~ん?何?なんかヤな感じ。私なんてどうでもいいみたい。」
「そんなこと…」
「ま、いいわ。で、どう?」
「う、うん、似合ってるんじゃないかな?」
「だから、そうじゃなくて。好きか嫌いかを聞いてるの。」
日ごとに近づく冬を前に、強引に連れてこられたこの店で、君はイヤーマフラーを試着して、僕に問うている。
◆コレハ ドウイウ コタエヲ キタイシテ イルノダロウ?
(好きか嫌いかで言うとごめんなさい。)
ふっと思い浮かんだ台詞を僕は飲み込んだ。多分、好きか嫌いかを明言するよりも悪い答えに思えた。
それにしても、何故イヤーマフラーなんだ?もう死語じゃなかったのか。確かにかつて流行った頃とは違うデザインだろうけど、今後それを着けるのが流行るのだろうか。
◇◇◇ ◇◇◇
好きか嫌いかで言うとありがとう。
我ながら名言ね。鳩が豆鉄砲を食らったみたい。いきなり好きか嫌いかなんて、強引に決めたくないの。まだ、私もあなたもお互いを知らない。でも告白してくれてありがとうってことよ。
そういうことだから。じゃあね。
もう。私の気持ち全然伝わってないなあ。こっちがありがとうって言ってるのにノーコメントだなんてありえない。そうやって、ずっと悩んでいればいい。私は帰るから。
◇◇◇ ◇◇◇
「イヤーマフラー?なんでまた、そんなものを…」
「そんなものって、何よ。これからどんどん寒くなるのよ。」
「流行ってるの?」
「そんなの関係ないの。冬の自転車通勤には必須なの。」
強引にあなたを連れて来て、いいかなと思うのを着けてみる。
「こういうの、どう?好き?嫌い?」
ん?また固まっちゃった?
「どうしたの?」
「いや、ちょっと思い出したことがあってね。」
「ふ~ん?なんかヤな感じ。私なんてどうでもいいみたい。」
「そんなこと…」
「ま、いいわ。で、どう?」
「う、うん、似合ってるんじゃないかな?」
「だから、そうじゃなくて。好きか嫌いかを聞いてるの。」
あぁ~。ダメ。また考え込んじゃった。
「ん~、ごめん。よくわかんないや。」
何それ。
「ちゃんと答えて。好きか嫌いかで言うとどっち?」
「強引だなあ。」
「それが私でしょ。」
◆◆◆ ◆◆◆
君が強引なのは知っている。何もかも君の理屈で事を運ぼうとすることも。
でも、僕には曖昧に答えるくせに、君は強引に聞いてくるってズルイ。
「僕だけが答えないといけないって変じゃない?」
「え?どういう意味?」
「僕が告白した時のこと、憶えてないの?」
ちょっと腹が立ってきた。僕の意を決しての告白を忘れてるのだろうか。
「何のこと?」
君は僕の顔を覗き込んでいる。
◆マサカ ホントウニ オボエテ イナイノダロウカ?
また思考が止まってしまった僕を前に、君は何か言おうとしている。思い出したのか。
◇◇◇ ◇◇◇
「もう、いいわ。帰る。」
こっちは強引だって認めているんだから、そっちが一歩下がって答えるところじゃないの?
◇チットモ ワカッテナイ。
私はあなたが好きと言ってくれる物が欲しいだけ。
好きか嫌いかって聞かれたら、好きって答えるのが当たり前でしょう?
イヤーマフラーをフックに戻して、一人足早に店を出る。
僕はあなたが好きです。
あなたは、僕のこと、好きですか?嫌いですか?
あの変な告白以降、あなたは一度も私を好きだとは言ってくれない。
そんなので「好きです」だなんて、信じられない。
信じられないのに好きですなんて返事できる?
無理、無理。
◇デモ キライジャナイノニ キライナンテ モットムリ・・・
◆◆◆ ◆◆◆
「待てよ。」
小走りに追いついて、君の手をつかむ。
「何よ。」
「強引に誘って、強引に聞いて、思うような返事がないから帰るって無茶苦茶過ぎだろ。」
「じゃあ何?あなたみたいに呆然と立ち竦んでいろっていうの?」
「そうは言わないけど、いきなり帰る、は無いだろ?」
◆ナンダ ヤッパリ オボエテイタンダ・・・
「じゃあ、いきなり好きか嫌いかって聞くのは有りなの?」
「聞いてきたのは君だろ?」
「私が先に聞かれたのよ。」
「え?」
「いきなり、好きか嫌いかって聞かれても、私にだってすぐ答えられないこともあるの。」
「いや、告白とイヤーマフラーとでは・・・」
「どっちが大事だと思うのよ。」
「そりゃ、告白だろう?」
「そうよ。告白の方が大事に決まってるでしょ。」
「だったら、大事な告白の返事をはっきり言うべきだろう?」
◇◇◇ ◇◇◇
「その通りよ。」
◇アレ? ソウジャナイ・・・
「だろ?」
「待って。も一回、いや、から言い直して。」
なんだか、話が変な方向に向いちゃったから、やり直し、やり直し。危ない危ない。
◆◆◆ ◆◆◆
ん?え~と、確か・・・
「いや、告白とイヤーマフラーとでは・・・」
「どっちが軽いと思うのよ。」
◆アレ? サッキト チガウゾ・・・
「そりゃ、イヤーマフラーだろ?」
「そうよ。イヤーマフラーの方が軽いに決まってるでしょ。」
「だから?」
「だから、イヤーマフラーのことくらい、あっさり返事して当然じゃないの?」
「そりゃそうだ。」
◆アレ? サッキト ハンタイ ジャナイカ・・・
◇◇◇ ◆◆◆
「告白ってかなりの勇気がいるでしょ?だから、その返事にも覚悟が必要なの。簡単な答えじゃないの。すぐに返事できないことがあっても不思議じゃないの。」
「つまり、イヤーマフラーなんて、どっちでもいいから、返事することが大事ってことか。」
「そうじゃないの。イヤーマフラーだって、告白に比べれば軽いかもしれないけど、自転車通勤には大事なの。」
「僕は電車通勤者だから、そこはよくわからないよ。良いイヤーマフラーかなんて判断できないよ。」
「だから、良いか悪いかじゃなくて、好き嫌いで聞いたじゃない。そっちの方が、あなたに答えやすいだろうと思ったから。」
「ん~。」
「痛い痛い、寒い寒いって思いながら自転車で走って、着いたらすぐ仕事が始まるの。せめて、少しでもいい気分で仕事に入りたいじゃない。わかる?」
「まあ、何となくかわかるよ。物の良し悪しより、僕の好きなのを選んで着けたいってことか。」
「そう!」
「つまりだ。君は僕が好きってことだ?」
「そうは言ってないでしょ。あのイヤーマフラーが好きかって聞いてるの。」
◇ヤット、ハナシヲ モドセタ・・・
◆マタ、ハナシガ モドッタゾ・・・
「でも、告白の返事の方が大事なんだろ?」
「うん。でも、イヤーマフラーの方が答えやすいでしょ?」
「うん。でも、僕の答え次第で、君が僕を好きか嫌いかが決まるんでしょ?」
◇エ? ソウイウコトナノ?
◆タブン ソウイウ コトナノ ダロウ・・・
「そうね。」
◇◆ソウイウコトニ シテオコウ・・・
「なんか、なおさら、答えにくくなったなあ。」
「え~?そんな風に言われると、また聞きづらくなるじゃない。」
・・・・・・
「わかった。答えるよ。あのイヤーマフラー、あえて好きか嫌いかで言うと…」
「好きか嫌いかで言うと・・・?」
・・・
「・・・・・・」
「声、ちっさ!聞こえない!最初から、はっきりした声で言って。」
「好きか嫌いかで言うとありがとう。」
◇◆ナルホドネ
「ま、いいわ。好きか嫌いかの難しい返事より、聞いてくれたことが嬉しくて先にありがとうって言いたくなるときってあるのよ。」
「うん。なんとなくわかった。」
◆◆◆ ◆◆◆
結局、あの時君が選んだイヤーマフラーとは別の物を、僕が選んでプレゼントした。
「こんなのが好きなの?」
と君が聞いてきたとき、ちょっと抵抗を感じつつ、そこは
「うん。」
と答えておいた。
「ふ~ん。わかった。」
きっと、君もどこか抵抗を感じていたのだろうとは思う。
もうすぐ、君が自転車でここに来る。
晩秋というのに、ここ最近は暖かい。
こんな日にイヤーマフラーを着けるのは嫌じゃないだろうか。
◇◇◇ ◇◇◇
あの角を曲がれば、あなたが待っている。
今日の暖かさでイヤーマフラーを着けるのはきっと変。
リュックサックに入れたまま私は自転車を走らせる。
気が利かない人だと嫌われるだろうか。
◆◆◆ ◇◇◇
もう、好きか嫌いかの前置きは無くていい。
君が来る。あなたがいる。
それだけで、ありがとう。
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