屋根瓦のペンキ塗りをして映画館へ行こう!
父から、自宅の西側の屋根瓦を1枚5円で塗らないかと提案されました。300枚以上はあるとのこと。少な目に見積って1500円。映画代が1回分が浮く!と即、引き受けました。
高校時代、バイトらしいバイトをしたことがありません。友人の新聞配達を手伝う、友人のバイトの助っ人に入るくらいだったでしょうか。1回の収入が1000円を超えることはなかったように思います。それだけに、自分で稼いだお金で映画館に行くことはとても魅力的なことでした。
手帳のメモによると、1983年6月19日(日)のこと。映画代(入館料とパンフ代等で1500~2000円程)欲しさで引き受けたのですから、目標は300枚~400枚。
自画自賛という程でもないですが、単調な作業の繰り返すのはそれほど苦手ではありません。幼少の頃から、母の内職を手伝いや、内職で出るゴミ(例えば革ベルトの穴開けでできる小さな円の皮)を集めて遊んだりしていたせいもあったでしょう。単純な作業でも、ちょっとした工夫やコツを見つけて効率が上がると、楽しくなってくることもよくありました。
1970年代で内職の造花であれば、1本作って、2~3円だったと思います。それを考えれば、瓦1枚5円は、結構、お得に思えました。
しかも、その日は上手い具合に雲の多い日でした。テラスをひょいとよじ登り、小学生時代から慣れっこの屋根に上がります。そして、意気揚々と塗り始めたのでした。
セメント製の瓦です。水はけを良くするのか見栄えのためか、瓦の上に三本の線が盛り上がっています。そして、山型になった部分で、隣の瓦を押さえつけています。
父が言うのには、表面だけ塗るのでは見栄えが良くならないので、厚みの部分もしっかり塗るようにとのこと。正面から見たら「 へ_ 」の字に見える側面が綺麗に濡れてないと駄目とのことでした。
色は緑。私の自転車に似た色というのも、気分良かったです。
屋根の上の方にしゃがみ込み、そこから下へ、1枚、2枚、3枚と塗りながら下がっていたのですが、すぐこれじゃ効率が悪いと気づきます。
このまま屋根の端まで行くと、塗る際に体の置き場がなくなってしまいます。
かといって、下の瓦から上へと塗るのでは、どうしてもペンキの垂れた跡が残ってしまいます。
ちょっとしたパズルの様。
そこで、屋根の端、瓦3枚分ほど手前までは、上の瓦から下の瓦へと後ずさりしながら塗り(下の図の青いA部分)、端の3枚分は軒と平行に塗っていく(下の図の赤いBの部分)ことに。そのことを父に話すと、
「ほう、それに気がついたか。」
とニヤニヤ。ペンキの塗りたてを踏まないようにしてくれればそれでいいと言ってましたが、きっと私が気づくかどうか、試していたのだと思います。うっかり、下に降りられなくなるところでした。
作業は昼下がりより後から始まったはず。最初、父一人でやっていたようですが、一人では無理と思って私に声をかけたのでしょう。
曇り空とは言え、時折差す陽にのせいで、西側の方が断然暑く思われました。上からの陽だけではありません。傾きのある屋根からの反射もあります。父はきっとそれを知っていて私を西側にしたに違いないとちょっと悔しくなりました。それでも、 塗ったばかりの屋根がきらきら輝いているように見え、その面積を自分が広げているのだという充実感もありました。
しかし、塗り残しやむらが無いよう、またペンキ缶を倒さず移動しながらの作業は予想以上に大変。汗もかなり出ます。そこで、タオルを鉢巻きにして汗を止めました。しばらくはそれで大丈夫ですが、やがてタオルが汗を吸い切れず、びっしょりになり、塗っている最中に、汗がぽたぽた落ちます。それをぎゅっと絞って巻き直し、作業に戻ります。
最初の内は、綺麗になる瓦が1枚ずつ増えるのが楽しくもありましたが、何十枚もやっていく内に、いかに手早く、そして綺麗に塗るかに意識が向いてきます。 数枚、〇やロを描くようにやってみましたが、やはり屋根の傾きに合わせて、上から下へと塗るのが効率が良かったです。当たり前ですね。
塗る際、表面の3本線の凸に合わせ、角に塗り残しが無いよう、ペンキの量とハケの向きに注意するのがコツ。下向きの側面(へ_の部分)は、ペンキを少な目に、数回ハケを往復すること。下手すれば、下の瓦を塗った後、時間差で上の瓦からぽとりと滴が落ちて、直す手間が増えます。
ある程度、作業がリズムよくなってくると、言葉や数を心中で唱えながらやる変な癖が私にはあります。そのせいか、手順が記憶にかっちり残ってしまうことがあるのです。
「たてたて~、たてたて~、たてたて~♪」(凸部分)
「ぺたぺたぺた・・・」(平面部分)
「す~り、す~り、す~りすり。・・・」(下向きの側面)
40年近くも前のことなのに、しょ~もないことを憶えている(と言うより、思い出せてしまった)のが自分でも可笑しいです。
また、作業中に、(そういえば、『スヌーピーとチャーリー・ブラウン』のアニメで、壁のペンキ塗りの話があったなぁ)等と思い出してました。
塀のペンキ塗りを頼まれて、とても楽しそうに塗るチャーリー。通りがかった友だちが気になって、代わってやらせて欲しいと頼みますが、「こんな楽しいことを代わるなんて、とんでもない。」と断ります。そうする内に、ずいぶん人が集まって、「仕方ないな~、じゃあ少しだけだよ。」と一人と交代することを受け入れ、結局たくさんの人によって、塀のペンキ塗りが仕上がるという話だったと思います。
もう、夕飯近い頃になりました。でも、不慣れだったことや始めた時刻が遅かったせいもあったのでしょう、初日の塗った枚数は、160枚止まり。思った以上に少なかったです。これでは映画を観に行けません。しかし、父にしても、予想以上に大変だったようで、担当部分の半分を少し超えた時点で「来週も頼めるか?」と言われたのでした。
映画館へ行くチャレンジは翌週に引き継がれることになりました。
(以下、続く)