1980年代前半の高校生の間では、深夜のラジオ番組なら、「ビバーヤン!ビバーヤン! フッフ~♪」のモノラル音が忘れられない『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)を筆頭に、『ABCヤングリクエスト』(朝日放送)『MBSヤングタウン』(MBSラジオ)等が流行っていました。
でも当時、朝型で勉強していた私が起きるのは午前4時や3時です。当時の中学・高校・大学世代に人気の深夜放送の後の番組を聞いていたのです。
目次
夜明け前の 二つのラジオ歌番組
私の聞いていたのは、主にトラック運転手をターゲットにした歌番組です。『日野ミッドナイトグラフィティ 走れ!歌謡曲』(文化放送)や、『いすゞ歌うヘッドライト ~コックピットのあなたへ~ 』(TBSラジオ)を聞いていました。同世代では、かなり少数派だったと思います。
トラック運転手の生の声
勉強しながらのBGM代わりにラジオですから、多くは聞き流し状態ですが、時折に耳を傾けてしまうコーナーがありました。
トラック運転手の声が聞けるコーナーです。記憶が不確かですが、『歌うヘッドライト』と『走れ!歌謡曲』それぞれにあったように思います。
1.電話からのリクエスト
公衆電話からの曲リクエストが録音された音声が流れます。基本、留守番電話ですから、一方的にリクエスト主が喋るのですが、曲名のリクエストだけでなく、悲喜こもごもの思いも語られるのです。
「家出る前に、母ちゃんとけんかしたままになってるんだよぉ~。さっき、電話しても出てくれないんだ。母ちゃんの好きな歌『〇〇』(曲名)かけてくれないか。□□(ラジオパーソナリティ)さん、俺の代わりに母ちゃんに謝っておいてくれよ。」
「風邪ひいた仲間が熱を押して運転してる。放送が流れる頃には〇〇辺りを走ってるだろうから、そいつのために『〇〇』をかけてやって欲しい。」
「言い忘れないよう、先にリクエストしておきます。『〇〇』をお願いします。それで、□□さん、聞いてくれっかなあ、4歳の息子が、父ちゃんはいつも家にいないから嫌いっていうんだよ。俺、必死に働いてんだぜ・・・(話の途中で録音終了)」
「明日はお父さんの誕生日です。この番組をよく聞いてるってお父さんから聞きました。だからお父さんの好きな『〇〇』を聞かせてあげたいです。よろしくお願いします。お父さん、聞いてる?ハッピーバースデイ!」
等々。おぼろげな記憶を元にかなり脚色も入れてますが、情の厚さが感じられるコメントが多かったです。また、パーソナリティーの反応も上手で、人生相談に乗る感じだったり、運転手を励ましたり、時には冷淡に叱るようなこともありました。
もっとも、そうしたコメントが取り上げられやすいと知って、リクエストしていた感じはあるのですが、少なくとも、働く大人が家族や仲間への「情の厚さ」を語ったり、受け止めるたりできる場があったことは、確かなことだったと思います。それは番組の魅力の一つでした。
2.突撃インタビュー
どこかのドライブインやサービスエリア、フェリー乗り場等で、運転手に突撃インタビューをするコーナーもありました。収録か生放送かも不明ですが、インタビュアーと運転手のやり取りに、どこか遠慮や、逆に馴れ馴れしさが感じられたのも面白さの一因。でも、これは事前に打ち合わせがあったんじゃないかと思えるようなこともありました。
「すいません、これからどちらに向かわれるんですか。」
「トイレ。」
「あ、どうぞ、どうぞ。・・・、え~と、他に誰かいないかな~。」
「ちょっと、トラックに乗せてもらっても良いですか。」
「ああ、いいよ。あんまり片付けてないけど、乗ってみるかい?」
・・・ドアの開け閉めの音。
「乗りました。うわぁ~、コックピットって高いんですねぇ。普通車と全然違いますね。」
「まぁ、俺にはこれが普通なんだけどね。」
・・・エンジンが動き出す音
「あ、動き出しました。やっぱり、迫力ありますねぇ。」
「で、どこまで乗せればいいんだい?」
「え??もう出発するんですか。きゃ~、降ろして下さい。」
等々。おぼろげな記憶を元にかなり脚色も・・・。
人懐っこい人、緊張しているのかたどたどしい会話しかできない人など、いろいろ。そして、周りの音(風の音、車の音、少し離れた人の声、館内放送等)が臨場感を高めてくれて、いろんな想像が湧きました。
ご当地の観光地、名物、土産の話もあって、ほんのりながら、旅情もありました。
3.特別企画
時に公開録音で、どこかの会場のイベントに潜入や、歌手の招待もしていたようです。真面目な話だったり、お祭り騒ぎだったり、歌手とのトークだったりで、番組をよく聞いている人の参加もあったようです。
もっとも別の番組と記憶が混同してそうな記憶もあって、かなりあいまいです。
流れていた曲
運転手の年齢層は、20代~50代と幅広く、ほとんどが男性(稀に女性も)でしたが、やはり演歌が多かったように思います。
『舟歌』、『北の宿から』、『越冬つばめ』…遠く離れた人を想う歌や地名の入った旅情たっぷりな歌が人気だった気がします。青函フェリーを使う運転手からは『津軽海峡冬景色』が定番だったように思います。(そういえば、当時は青函連絡船がまだ現役でした)
松田聖子等のアイドル系もありました。
他に運転手の家族からのリクエストもあって、フォークソング、ニューミュージック系等、番組名通り歌謡曲全般ではありました。
トラック運転手のイメージ、日本の夜明けのイメージ
映画『トラック野郎』シリーズは終わっていましたが、テレビ放映もあって人気は健在だったようです。映像は無いものの言葉でデコトラ(デコレーショントラックの略 ペイント塗装、電飾装備、エアロパーツなどで外装を飾ったトラック 別名アートトラック)が説明されることもありました。情に厚い話が好まれたのも映画の影響があったのでしょう。それはある面、事実でしょうが、映画やマスコミが作ったイメージも混在していたと思います。
それでも、番組のおかげで、トラック運転手のイメージはもっと広く深くなった気がします。番組を中心に大人同士が励まし合っているような感じもありました。格好つける人、言葉が乱暴な人もいましたが、根っこの部分で家庭を背負っている姿が透けて見えるのです。
「大人なんて・・・」と思いがちな高校時代、いい経験になったと思います。多くの深夜ラジオ放送が中・高・大学生を主な対象にしている中、働く人の生の声がそのまま届くというのは希少で、知らなかった世界がそこにありました。
また、日本の東と西で夜明けの時間がずれているのもリアルに伝えてくれました。夏であれば、番組が終わる午前5時前、既に日が昇っている所と、まだ見えていない所の話が交錯します。トラック運転手がラジオの歌謡曲を流しながら全国を駆け巡る中、日本が夜明けを迎える―。そんなイメージです。
ドライブ中の音楽とラジオ
ドライブ中の音楽は、私は今もラジオが主ですが、音質の良いFM放送になりました。上記のようなドライバー同士が音楽とラジオで繋がれる一体感に乏しいのはやや残念。まぁ、時代も聞く時間帯も全然違うので仕方がないところでしょう。
でも、ラジオで繋がる魅力って確かにあるなぁと、記事を書きながら再認識した次第です。
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<余談「ラジオ放送の今後」>
調べてみると、『歌うヘッドライト』は2001年9月に放送終了したようです。
『走れ!歌謡曲』は、50周年を経て、今なお放送中のようです。
でも、全般的に深夜ラジオ放送は縮小傾向にあるようです。
そればかりか、AMラジオそのものの縮小・廃止が検討されているのだとか。
総務省の有識者会議は(2019年8月)30日、民放AMラジオ局がAM放送を終了し、FM放送への転換を可能にする制度改正を認める方針を示した。日本民間放送連盟(民放連)が今春、厳しい経営環境を理由に制度改正を2028年までに実施するよう、総務省に要望。有識者会議で対応が話し合われていた。同省は今後、制度改正に向け、具体的な検討に入る。
一抹の寂しさは感じますが、音質の良いFMラジオやインターネットを介したSNSの普及の裏側でそうした事態が進んでいるだろうことはあり得る話だとも思います。
今週のお題「ドライブと音楽」