受験シーズン突入!そして(おや?この歯の痛みは何だ?)
虫歯じゃないのに歯を抜くことになった。大学受験本番、10日程前のことだ。
食事をしていると、上あごの左側奥の方がじんわりと痛むのを感じて歯科医を訪ねた。
試験当日に激しく痛むと困る。今の内なら簡単に痛みが取れるんじゃないかと期待したが甘かった。
医師はレントゲン写真を見て、あっさり、こう言った。
「親不知(おやしらず)だね。」
まだ未成年なのに痛む親不知なんて我知らずだ。
前知識ならあった。親に知られることなく生えてくるから親不知と聞いていた。なのに親に話さないわけにはいかない事態である。受験直前になんてこと!
だが、こんなことで逆上してしまうのは、恥知らずだと思い、黙って自分をなだめる。まだ表面に出てきてない状態だから、この歯は親不知ではなくて子不知(こしらず)なのだ。子の私が知らないのも無理からぬことに違いない。
無理やり自分を納得させたあと、なるだけ冷静を装って聞いてみた。
「痛みは取れますか?」
「これは抜くか、痛みを我慢するかしかないね。」
「試験まで10日もないんです。」
実は前泊する必要があるのだ。
「そうか。じゃあ、なおさら急いで決断しないといけないよ。」
さらっとそう言われたが、この場合の決断は、どちらを選択するかという意味ではなく、親不知を抜く覚悟をしなさいの意味だと私は見抜いた。
いや、見抜けてなかった。
決断の真意は、抜かないと痛みは取れないが、抜いたからといって試験までに治療が終わるとは限らないという覚悟だった。
親不知を抜いた後、歯茎を縫合し、その後、経過を見て抜糸になるという。それまで1~2週間とのこと。試験当日に糸が残っている可能性もあるらしかった。
それが嫌なら、痛みを我慢して受験するしかないらしい。
いやいや、入学試験は、全部で3回の予定なのだ。その間、2週間続けて空くことは無い。今、抜かずにいれば3回とも痛みを我慢しないといけないのか?しかし、最後が本命の試験である。できる限り万全の状態で挑みたかった。
答えは出た。
たとえ、1回目の試験を犠牲にすることになっても、本命のために今、抜こう。
意を決してその旨を伝えたが、あっさり却下され
「いや、今からでは無理です。また明日。」
幸い、高3の受験シーズンは、登校しなくてよいので、すんなり予約できた。
予約して正解だった。
その夜から、痛みはどんどん激しくなった。痛みがさらに増しそうで風呂には入らず、寝付くまでにかなり苦労した。
翌朝、出勤前の父の話では、口を開け、しかめっ面のままで眠っていたらしい。
そのせいか、起きた時は歯の痛みに加えて、顎の付け根が筋肉痛になっていた。鏡で見ても赤く腫れているように見える。親不知だけの痛みではなかったろう。さすがに勉強も身が入らず、うだうだと予約の時間まで過ごすしかなかった。もしこれが試験当日のことだったら、合格は無かったなと思う。
麻酔をした後、だんだんと痛みが和らいでくると、何だか気が楽になってくる。待合室で英単語カードをめくる手も軽やかになっていた。やがて、顎の辺り全体の感覚が無くなる。
歯を抜くときに痛みはまったく感じなかった。親不知がそれ程成長してなかったらしい。処置も思っていたより短時間だったし、できた穴もそれほど大きくなく、試験に出発する前に抜糸をしても大丈夫だろうとのこと。ただし、歯磨き、特にうがいをしない、強く噛みしめず、はさんだ脱脂綿を軽く抑える感じをしばらく維持するなどの注意を受けた。
抜糸をした後に試験を受けられそうだ。よかった。
のは、その後、数十分までだった。
麻酔が切れるてくると、かなり痛い。口の中で血の味がした。夕食は食べたのか記憶がない。寝ている間に噛みしめるのを避けるため、一晩中、脱脂綿を咥えていた気もする。そして、寝る前にか起きた後でか、その脱脂綿を履きだした時、矢吹丈が血まみれのマウスピースを履きだしたシーンが頭をよぎった。
その後、試験は無事受けられたが、見事に落ちた。
また、この時の親不知がすんなり治療できたのは本当にラッキーなケースだったとは露知らず、知らず知らず恐いもの知らずになってしまい、20代の2本目のときは治療を軽んじて抜くときにかなり痛い目に遭ってしまう。30代の3本目では、ノイローゼになりかけた。何事もよく知らずに高をくくるのはまずいと大きな後悔を味わったので、4本目は抜かずにすむよう願っているところである。