前情報はほとんど無しで、映画『すずめの戸締り』(新海誠監督)を観ました。これが功を奏し、意表を突かれた形で私の「高校時代」を思い出させてくれました。
※ <閲覧注意>この記事は映画のネタバレを含んでいます。
主人公の鈴芽(すずめ)は、まだまだ世間知らずながら、その時に思いついた行動が運命であるかのごとく、真っすぐに突き進む女子高校生。ある時点までは慎重に考えようとしますが、何かの瞬間に勇気と無謀の判断も無く行動に出ます。その姿に共感というより、共鳴してしまいました。感覚より先に記憶が反応してしまう。そうそう、確かに高校時代ってそんなことの連続でした。
加えて映画では、1980年代の楽曲が挿入歌としてたくさん流れます。高校時代が映画と共鳴したのもあるのでしょうか、懐かしむのとは少し違うタイムスリップ感を得られました。長らく思い出さずにいた記憶が、ぽこぽこ湧き出してきたのです。
これはもう、高校時代blogのネタにするしかない、そんな感じ。とは言え、この興奮の全部を記事にするのはとても無理です。ここでは、映画に挿入された高校時代の3曲を軸に書きます。
●ギザギザハートの子守唄(チェッカーズ )
1983年9月にリリースされた歌です。書店のBGMで流れたのを憶えています。サックスの音が強く印象に残りましたが、正直に言えば、不良を表面的に礼賛している歌に思えて少なからず反発を覚えました。歌詞には概ね賛同しつつも、
ああ わかってくれとは言わないが そんなに俺が悪いのか
に違和感があったのです。
中学時代、一部の人から不良と呼ばれる友人T君がいました。勉強はあまりせず、成績は低迷、そして深夜徘徊や喧嘩(話に聞いただけで見たことはありません)、後には煙草も、そんな行動を繰り返す子でした。でも、私より将棋が強く、手の読みは鋭かったです。学業成績では計れない頭の良さがあることを教えてくれました。
T君は、わかって欲しいとの言葉こそ出しませんでしたが、自分をわかって欲しいという思いに溢れていたように思います。迷惑をかけて悪いと遠慮しつつ、孤立したくない気持ちも強く感じられました。別々の高校に進学して、会うことはめっきり減ったものの、友人としての関係はしばらく続きました。お互いの家で泊まり合ったこともあります。
T君は、カッとなって殴りかかり、人を傷つけることもありましたが、今思えば、むしろ心を傷つけられることの方が多かったように思います。尖っていることが問題だったと言うより、それを上手く制御できなかったこと、そして人からの冷たい言葉を受け流し気持ちをコントロールできなかったことで、「不良」と呼ばれていた気がします。
T君はそれをわかって欲しかったのに、そのためにどうすればいいのか、誰もわからずにいたと思えてなりません。私もそんな風に考えられるようになったのは、一人暮らしを何年もした頃。既にT君の居場所はわからなくなっていました。
●SWEET MEMORIES(松田聖子)
リリースは1983年8月1日。T君は中学生の頃から、松田聖子のファンでした。レコードではなく、カセットテープのアルバムを買っていました。ポケットに入れて持ち歩き、私を含む友人の家で聞いていました。それをBGMに将棋を指したこともよくあります。
『SWEET MEMORIES』がリリースされた頃は、既にT君とは縁遠くなっていました。その頃は全然気にしてなかったのですが、『すずめの戸締り』を観た後で気づいたことがあります。歌詞を振り返ってみると、その冒頭、
なつかしい痛みだわ ずっと前に忘れていた
は、何だかT君の思いを代弁している気がするのです。この歌は何度も聞いていたのにそう思ったのは初めて。まるで40年間、封印されていた扉が開かれたかのようです。彼は「SWEET MEMORIES」をどんな気持ちでを聞いていたのでしょう。もし、縁遠くなっていなければ、一緒に聞いたと思います。
いえ、違います。縁遠くなったのは私に原因があったはずです。高校時代の手帳を見直すと、T君のことを書いた最後は1983年3月31日。高3になる前日です。その後に会ったかどうかは不明ですが、どこかで「高3になったら、受験勉強が大変になるので、これまでのように会うのは難しい」と話した気がします。私がT君を遠ざけてしまったのだと思います。
高1のとき、私は学習から一人取り残されたような不安がありました。そこから、前向きに勉強するようになり、高2でいくらか成績は上がったものの、大学合格の水準にはまだまだ遠かったです。高2の終わりには、担任の話を「高望みしないなら希望大学の合格圏に入る可能性はある」と解釈しましたが、今となれば「かなり難しいから、他の道を」という意味だったかもと思えます。でも、そのわずかな可能性にすがりつくように、サッカークラブをやめ受験体制に入りました。そんな時期でしたから、T君とも距離を置いたのでしょう。
結果から言えば酷い話です。高3になっても、いえ、受験直前になってもゲームばかりしていた( 参照 母の家計簿から(5) だいぶ痛いようだった )のに。
なつかしい痛みだわ ずっと前に忘れていた
が、長い時を超え、今になって私の胸に突き刺さるのでした。
●けんかをやめて(河合奈保子)
1982年9月1日にリリース。この歌にも反感を持ちました。ただ、『ギザギザハートの子守唄』は、全体的に肯定しながら一部に否定的という感じでしたが、こちらは、全体的に否定しつつ、まあこういう人もいるのかもね、という感じ。
当時の恋愛観は、「もてる人は誰からももてるけれど、もてない人は誰にももてない」みたいなのがあり、自分を後者だと思っていました。
以前、記事にした『ハイスクールララバイ』は、
もてない人がもてる人に思いを寄せる悲劇を喜劇にした歌で、その健気さに学ぶところはあっても、自分はそんなことはしないと高をくくっていました。
『けんかをやめて』の主人公は、もてない男の子からのアプローチはことごとく破棄する一方で、気になる男の子には思わせぶりな態度で複数キープしておくという女の子といったイメージです。
歌詞を冷静に読めば、許せない気持ちになります。
二人の心 もてあそんで
ちょっぴり楽しんでいたの
思わせぶりな態度で…
悪いのを認めて素直に白状しているとしても、さすがに「楽しんでいたの」はひどいんじゃないか?とか、
ボーイフレンドの数 競う仲間たちに
自慢したかったの ただそれだけなの
「それだけ」ってなんだよ?!とか思いますよね。で、そうして
いつか本当の愛 わかる日が来るまで
そっとしておいてね 大人になるから
と、子どもだったから無罪放免してね(ハート&涙目)なんて、かなりの狡さです。
これは許せるないって思いつつ、河合奈保子(当時19歳)が少し首を傾げて伏目がちに歌う姿を見ていると、「そういう過ちもあるよなぁ」って感じになるから不思議。記憶に残る歌になったのはそのせいかも知れません。誰が歌うかで印象が変わる歌と言えそうです。
映画ではその辺を不問にして、主人公の鈴芽(すずめ)と叔母の環(たまき)がドライブ中に喧嘩をしているときのBGMとして流されます。
けんかをやめて 二人をとめて
のフレーズが印象的だったから使われたのでしょう。
新海誠監督の思い
何故、新海誠監督は80年代の歌を多く取り上げたのでしょうか。新海誠監督は1973年2月生まれで、私と学年で7つ違い。私が高3の時に小5だった計算です。
私が小5の頃の歌として思い出されるのはピンクレディーやキャンディーズ、沢田研二。新御三家(郷ひろみ・西城秀樹・野口五郎)、花の中三トリオ(山口百恵・桜田淳子・森昌子)も現役でした。
小5の頃と言えば、歌詞はどんどん覚えるものの、意味はあまりわかっていないなんてことはたくさんあって、ワンフレーズだけで歌の印象を決め込んでいた印象です。ですから、上に書いた歌詞の考察じみた話とは無関係で、ストレートに
「そんなに俺が悪いのか」といった反抗心、
「甘い記憶 sweet memories」という懐かしさ、
「けんかをやめて 二人をとめて」という願い、
を表現する挿入歌だったと思います。
一方、この映画を観る中心層はやはり高校生世代(10代後半)でしょうか。となるとその親は、40代後半の人が多そうです。親子で話題にできる狙いはあったでしょう。でもやはり一番の狙いは、大人に子どもの頃の自分を思い出してもらうこと、そして当時の思いを子どもにも触れさせることだった気がします。映画自体にそういうテーマがあったと思えるからです。
映画の舞台として日本各地の廃墟が扱われます。それも太古の物ではなく、「昭和」の頃には現役だった施設、建物です。そこを訪れ、かつてそこに集まっていた人たちに思いを馳せる。過去を理解することは同時に、現在がいつか過去になる未来の想像力にも繋がります。世代を超えて理解し合うことの大切さを感じました。廃墟の扉に似た意味を挿入歌に持たせていたのかも知れません。歌で時代の扉を開け、当時の世界を覗き見て欲しい、そんな風にも思いました。
挿入歌から高校時代を思い出した私は、すっかり監督の術にハマった感じです。映画では他にも挿入歌があります(楽曲のリリース順に並べています)。
夢の中へ(井上陽水)1973年リリース
2億4千万の瞳 -エキゾチック・ジャパン-(郷ひろみ)1984年2月リリース
卒業(斉藤由貴)1985年リリース
バレンタイン・キッス(国生さゆり With おニャン子クラブ)1986年2月リリース
男と女のラブゲーム(日野美歌、葵司朗)1986年CM放送
糸(中島みゆき)1998年リリース
「ルージュの伝言」は、アニメ「魔女の宅急便」も意図して、「銀河鉄道999」は新幹線に乗って旅に出る意味で使われたのでしょう。「2億4千万の瞳」は一応、私の高校時代でのリリースですが、この歌は卒業後の記憶に重なるので、今回の記事では触れていません。
映画の感想
「高校時代」を思い出させてくれた挿入歌を軸に、記事を書いてきましたが、この映画もかなりのお気に入りとなりそうです。
『君の名は。』は
で書いたように、いい意味で高校時代に結びつく映画でした。
『すずめの戸締り』も、かつての映画を幾つか思い出しながら観ていました。ただ、それが監督の意図だったのか、私の思い過ごしなのかは不明。まだ詳細は書かずにおきます。できれば、もう一回観たいと思っています。
あと、3記事。