tn198403s 高校時代blog

「人生に無意味な時間は無い。ただ、その時間の意味を感じることなく生きているだけである。」この言葉を確かめてみようと、徒然なるまま、私の高校時代(1984.03卒業)の意味を振り返り綴るブログです。

tn109.春の味と言えば?

3月です。春本番になる前に、一つ記事を仕上げることにしました。

 

春の味(幼少の頃)

幼少の頃、春の味と言えば祖母が手作りしたぼたもちでした。春の彼岸に加え、親戚で集まって花見行った時も定番でした。正月のもちと違い、米粒感があって食べやすく、何個も食べた記憶があります。

 

その頃は、肉嫌い、魚嫌い、野菜嫌いで、好んで食べるのは果物類と乳製品くらい。そのため、他の春の味と言えば、いちご。父の実家でも育てていたのですが、小さい畑、といっても長さ3~4mくらいの畝一つ分、一人で食べ切ってしまったことがあります。

 

好き嫌いの克服

その後成長するにつれ、好き嫌いは少なくなりました。母のおかげとも言えます。サラダには必ず小さく切った果物が入っていて、果物を一つ食べる前に野菜を一つ食べてからとの約束がありました。好物になっていたハンバーグは、ニンジンをすりおろして入れるものだと言われ、すりおろすのを手伝っていました。この嘘は、大学生の時に友だちとハンバーグを作るまで気づかずにいました。

 

中学生になっても苦戦したのが苦味でした。うどんに入ったねぎ、鍋に入った春菊、歯ごたえのあるピーマン…。それらを美味しいと言える人を理解できません。その頃はコーヒーも砂糖やミルクをたっぷり入れたのが好みでした。

 

苦味の克服

転機は、高校時代のブラックコーヒー。喫茶店で先輩が苦いと言いつつも、美味しそうに飲んでいたのを真似てみました。甘いミルクコーヒーと違って苦みは強烈でしたが、飲み込んだ後のすっきりした感じが心地良く、鼻を抜けるコーヒーの香りも鮮明に感じられました。それ以来、徐々にブラックで飲むことが増え、やがて、砂糖入りのコーヒーを飲まなくなりました。

 

苦味の美味しさに気づいて以降、好き嫌いはほぼなくなりました。「良薬は口に苦し」との言葉があります。良薬は諫言の意味でも使われますが、かつては「苦くても体に良いのだから我慢して飲むべし」と受け止めていました。でも、いつしか、「その苦さを克服すれば怖いものなし」という感じになりました。サンマや川魚の塩焼きも腹の苦味こそが楽しみ(ただし、鱗は苦手)なのです。ねぎ無しのうどん、春菊の無い鍋、苦味を抑えたチンジャオロースやゴーヤチャンプルでは物足りません。

 

春の味(現在)

閑話休題。春の味の話です。

 

数年前、叔母からフキノトウをもらいました。でもどう調理したらいいのかわかりません。ネット検索で、定番の天ぷらの他に、フキノトウ味噌を発見。これに挑戦してみました。レシピによれば、味噌だれを作り、フライパンに油を入れ極弱火にかけておく等の準備をしてから、フキノトウを刻むとのこと。刻んでから時間が経つほどにアクが出て味が落ちるのだとか。なるほど、刻んだものは、数分も経たないうちに黒ずみ始めます。黒ずんでも問題ないとのことですが、急ぎたくなります。退職してから毎日のように調理しているのに、どうしても時間がかかってしまう自分の未熟を嘆きながら、フライパンに投入。フキノトウがしんなりしてきたところへ味噌だれを投入。苦味を強くしたいので加熱時間は短め、砂糖は少なめに。炒めること数分、水気を程良く飛ばしたところで、ちょっと味見。

 

頭を殴られたような苦味がガツン!と来ました。一瞬たじろぎました。かなり刻んだはずでも、フキノトウの存在感は大きく、歯ごたえもあります。でも、その香りが鼻を通り抜けると、心地良さに変わります。ちょっと大袈裟な表現ですが、頭の中を春の嵐が通り過ぎて行ったような感じです。白ご飯に添えて食べるとご飯が進み、おかずが無くてもいいくらい。トーストにのせて焼くのもありです。一度に大量には食べないですが、冷蔵庫に入れて置けば10日程は保存可能で、その間、春の味を楽しめます。

春の味と言えば?

先日、父がカラオケ仲間から菜の花をもらってきました。しんなりし始めていたので、水を入れたコップに一晩、差し込んでおきました。翌日、しゃんとしたものを使って、豚肉、シイタケと一緒にマヨネーズとめんつゆで炒め、いただきました。菜の花の苦味もなかなか良いものです。

 

でも、今の私にとっては、やはりフキノトウ味噌が一番の春の味。今年はまだ、食べていません。

 

 

 

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