一つ前の食事の記憶
父がCPAP(シーパップ:睡眠時無呼吸症候群の治療器具)を使うようになって以降、実家で過ごすことが増えています。食事の際、父に一つ前の食事(昼食時には前日の夕食、夕食時にはその日の昼食)について、何を食べたかを聞いています。
以前は、一つ前の食事は即答できることが多く、二つ前の食事まで聞いていました。でも、だんだんと一つ前の食事を言い当てることが難しくなってきたようで、いつからか二つ前の食事を聞くのはやめました。それは、父の認知症を気にし始めるきっかけにもなりました。
その頃から父には半年に一度、病院で認知症の検査を受けてもらっています。医師の話では、前の食事の質問はかなり難しいとのこと。それを聞いて、私も気が緩んだのでしょうか、時に私も、あれ?何だっけ?と一つ前の食事をすぐに思い出せないことがあります。認知症でなくとも、前の食事を思い出せないことは多いようです。
思い出す手がかり
今、父に食事の質問をするときの関心は、自力で思い出せるかどうかではなく、私がどういう問いかけをすると記憶を呼び起こせるかにあります。父が一つ前の食事を「全然、憶えていない」と答えることは増えています。でも、「憶えていない」と「思い出せない」には大きな差があると気づきました。そして、「思い出す」ための手がかりは、意外と多いということもわかりました。
夕飯時に「今日の昼に何を食べたか言える?」と聞いて、父が「憶えてない」と答えたとしましょう。
まず、その食事についてのヒントを出すという方法があります。食べ物の色や使った食器などを聞くのです。それだけで思い出せることもあります。緑の食材というヒントから、大葉、きゅうり、オクラ、ピーマン等と連想し、「ああ、ピーマンが入っていたな。そうだ、野菜炒めだった」となり、丼で食べたと言えば、「ああ、親子丼か」等の答えが出てきます。
また、何をしたかで、思い出せることもあります。「ソースをかけていたよ」のヒントで「うん、目玉焼きだろう。」だったり、「ご飯を仕掛けたのはいつだったか憶えてる?」と聞けば「炊いたのは夕方。あ、昼はソーメンか」となったり。
日時や人のヒントが効果を発揮することもあります。「昨日、誰が来たけど、憶えてる?」と聞くと、「母の姪が来てオクラをたくさんくれた。ああ、オクラを使っていたな。炒めたんだっけ。」となったり、「今日は水曜日。」と言えば「昨日は買い物をして、刺身を買ったんだ。」と思い出すことも。
「何を食べたか思い出せないのは物忘れ、食べたことを忘れているのが認知症。」
そんなことを聞いたことがあります。しかし、父への質問を繰り返す内「思い出せない=憶えていない」ではなく、思い出す糸口をつかめないだけかも、と思うようになりました。もちろん、人間の記憶ですから、どこまでのことを憶えているのかはわかりません。ただ、一つの質問に対して、即答できないのは憶えていないからと決めつけるのは早計でしょう。質問の仕方を変えれば思い出せるなら、効果的な質問をすることで、物忘れが増えたと自信を失くすことを幾分かでも回避できそうに思えるのです。
答えたい質問、答えたくない質問
機械的に質問していた頃、「憶えていない」、「忘れた」という返事が続くと、父と私の間に重苦しい空気が漂いました。父が「もう、その質問はやめてくれ」と言わんばかりの顔をたり、私は質問しづらさを感じたりするようになりました。何とか答えられるようにと思ってヒントを工夫し始めたのはその頃から。
ヒントを出すと、大抵の場合思い出せるので、気持ちもすっきりするようです。時には、私が聞く前に、ドヤ顔で答えることもあります。また、食事の際に、食材や味付けの話もするようにしたため、その話をヒントにできることもあります。
一緒に過ごす時間が増えると、なんでもない会話が減ってしまいがち。無理に会話をしなくても良いと思う反面、会話が少しでも刺激になるならした方が良いのではという思いもあります。
結果、父の認知症の予防になっているかどうかは不明ながら、父が答えたくなる聞き方を考えるという点で、私への効果があるように思っています。
残り56記事。