tn198403s 高校時代blog

「人生に無意味な時間は無い。ただ、その時間の意味を感じることなく生きているだけである。」この言葉を確かめてみようと、徒然なるまま、私の高校時代(1984.03卒業)の意味を振り返り綴るブログです。

母の家計簿から(2)勉強勉強という考へ方

私が高1の時、母が学校で聞いたこと

過去記事に、こう書いています。

高1(15歳)の初めての三者面談。私、母、学級担任で進路相談をした。将来の夢とともに国公立大学進学の希望を話したら笑われた。一字一句までは憶えていないが「あはは。まあ、夢が大きいのは悪くないですが、大き過ぎる夢は苦しいだけですよ」みたいな話だった。そして「(三流でなければ)合格できる大学は無い」ときっぱり言われ「3年生では、三流大学か、就職かの選択になるでしょう。」とも予言された。

 

仕事を休んで来てくれた母には、「お子さんの進学を考えるなら、働くより勉強のサポートをした方がいい」みたいな話もあり、面談はわずか数分で終わった。

この話がいつだったかと、母の遺した家計簿を見ました。

 

1981年5月17日(日)学級懇談

当時、高1だった私の学級懇談の日、日記欄にこうありました。

父兄先生の勉強勉強という考へ方におどろいた。でも大学進学にはやむをえないことなのかも知れない。

文面から、他の保護者と一緒になって話があったのだと思われます。三者面談ではなさそうです。これを見て、思い出したことがあります。

 

自分の部屋をもらった頃から「部屋を片付けなさい」とはよく言われていましたが、「勉強しなさい」とはあまり言わない母でした。長い休みの終わりにたくさん宿題が残っていた時に「終わったの?」と聞かれたくらいでしょうか。

 

そんな母が急に、「頑張って」とか「応援してるから」と言い出し、朝型で勉強する私に、サンドイッチやおにぎり等の夜食を作ってくれたのです。最初は反応に困りましたが、数回でプレッシャーになるから辞めて欲しいと話しました。母はずっとフルタイムの共働き、家事もほとんどやっていたのです。これ以上、母に負担をかけたくない思いもありました。

夜食のサンドイッチ

母から「他の家では、あれこれ考えて子どもの応援をしている」との話をされましたが、母の口癖「他所(よそ)は他所、家(うち)は家」を真似て反論。結局、パンやお菓子、カップ麺等の元通りになりました。その時のほっとした母の顔も思い出しました。もっと応援しないといけないと母なりに気負っていたのだと思います。

 

8月4日(火)個別懇談

日記欄には「個別懇談があった」とだけ書かれていました。おそらくこの時が三者面談だったのでしょう。夏のイメージは無かったですが、そう言えばそれなりに暑かったような気がしてきますから、記憶なんてはいい加減なものです。実際は違うかも知れません。

 

とにかく高1の一学期は成績が悪かったです。加えて、発熱で意識を失った入試の結果も加味した話だったので尚更です。クラスには親しい友だちもできずにびくびく過ごし、学期末近くになってようやく、クラスに慣れてきた感じなので、担任には、かなり力不足に見えていただろうとは思います。国公立大学進学の希望は難しいと言われるのは覚悟していましたが、まさか笑われるとは思っていませんでした。

 

また、仕事に家事にと苦労している母に「働くより勉強のサポート」と話したことにも不満があります。私の成績がそれほどに悪かったのも理由でしょうが、何だか家庭を馬鹿にされた感がありました。母は長く待たされ、短く話を切り上げられた不満も、後に教えてくれました。そんなこともあったので、日記欄には多くを書いていなかったのかも知れません。

 

ただ、結果的に、私も母も進学への思いは強くなった気がします。

 

11月25日(水)個別懇談会

すっかり忘れていましたが、母はこう書いていました。

今日、個別懇談会なのに申込用紙が先生の手に届いていなかったとかで時間別に入っていなかったので、やめにした。

ああ、そう言えば、懇談の予定表に私の名前がなかった気もするなぁと、ぼんやりして判然としません。

 

ただ、文面から推測すれば、母に申し込み用紙を書いてもらったことや時間別の予定表を見せたことは間違いなさそうです。そうなると、私が懇談会を嫌がって申込用紙を先生に出さなかった可能性は低い気がします。もし、私がそこまで嫌がっていたなら、申込用紙を母に渡すこともしなかっでしょう。

 

一方で、名前が無い旨を告げたら申し込み用紙がなかったぞと言われ、後で先生が見つけたような気もします。さすがに、先生が懇談を嫌がって名前を外したというのは考えづらいです。

 

まあ、いいです。前回の三者面談みたいに嫌な話を聞かずにすんだのは幸運だったかも知れません。

 

勉強勉強という考へ方

ある先生から「みなさんは、何のために勉強するのか知っていますか?」とたずねられました。「いい仕事に就くためですか?いい大学に入るためですか?偉い人になるためですか?」と続け「じゃあ、いい仕事に就かない人は勉強しなくてもいいのですか?」「いい仕事って何ですか?」と矢継ぎ早に問います。皆が困ったところで、「何のために勉強するのか教えてあげましょう。」と言い「賢くなるために勉強するのです。」としました。「賢くなるってどういうことでしょう。難しいですね。いっぱい勉強してわかるようになってください。」この話が心に残っています。

 

母の家計簿にあった「勉強勉強という考へ方におどろいた。」というのは、学校の成績を上げること、少しでもいい大学に進学すること、そのための勉強というイメージだったでしょう。進学校ではありがちな話にも思います。でも母が、そんな勉強観に囚われなかったのは良かったです。とにかく大学進学しなければとの思いが強く塞ぎ込みがちだった私に時折、「そんなに勉強しなくていい」と言ってくれました。

 

賢い母だったと思います。

 

(3)へ続く。