「君、記憶力がすごく良いんだって?」
「同僚全員の誕生日も全部憶えてるらしいね。」
「いや、誰かの誕生日を教えて欲しいって訳じゃないんだ。」
「どうやったらそんなに覚えられるんだろうって思う訳さ。」
「誕生日だけじゃない。住所だって、携帯の番号だって知ってる。」
「さらには、勤務日数、通勤時間、給与明細、出身校、家賃、家族構成まで。何故そこまで知ってるんだ。怪しいだろ。」
「まあ、いい。実はそんな君なら憶えてるんじゃないかと思って来たんだ。」
「ナンバー1224のロッカーを開けるパスワード。7文字の英字らしい。」
「君が、知らないはずはないよな。」
「駄目なんだ。指紋には反応しなかった。消毒で指がガサガサになったからかな。」
「それも駄目だ。顔認証のためにマスクを外すのはリスクが高すぎる。」
「それこそ無理だ。今、証明カードを取りに帰る時間も手段もない。」
「いや、IDはカードが無いとわからない。」
「まさか、君は俺が管理者じゃないと疑ってるのか?」
誰かに殴られたのか、顔にあざを残す男が人型ロボットに話しかけている。
ロボットの音声はなく、胸の画面に文字を出して応対している。
「まあ、セキュリティーに関しては君が第一人者だからな。チェックをしないわけにいかないのはわかるさ。」
「で、俺が管理者だと証明できる方法はないのか?」
「3つ秘密の問題か。ああ、あったな、そんなの。それに正解すれば、ロッカーの管理者としてパスワードを教えてもらえるんだな。」
「解答可能時間は10分か。」
「俺が作った問題なんだから言えるだろ。さぁ、こい!」
「ん?好物の飲み物?」
「待てよ、この問題考えたのは20年くらい前だったか。」
「……」
「鉄骨飲料!」
「よし、1問目クリア。そうそう、あえて昔のやつにしたんだ。さすが、俺が作った問題。ひねりがあるな。次は?」
「気になる病気?」
「コツショソウショウ!」
「え?違うのか?鉄骨飲料に引っかけたはずだが。ん?コツショ?コツソ?」
「コツソショウショウ!」
「おお!通った。そうそう、骨素が少々しかないって覚えたんだ。」
「わかってる。間違いは2回までだな。大丈夫、あと1問だ。さあ、こい!」
「何?ロッカーのパスワード?」
「おい、それがわからないから聞いているんだぞ。答えらるれはずないだろ。」
「ヒントはないのか?」
「え?君が答えを知らないこともあるのか?おかしいな。じゃあ、正解かどうかをどうやって判断するんだ?そもそも、ロッカーのパスワードを知らない君に、俺は何故聞いてるんだ?何か変だぞ。」
「あと2分か。答えられなかったら、俺は侵入者扱いだな。」
「いや、とにかくロッカーは開けないといけないんだ。ミスはもう1回できるんだったな?でも、ちょっと考えさせてくれ。」
「俺のことだからな、多分、前の答えがヒントになってるはずだ。思い出せ。」
「鉄骨飲料、骨粗しょう症。共通点は骨で、俺らしい言葉か…。あ!」
男はロボットに答える前に、ロッカーのある部屋に走った。
(アイツに答える前に、自分で確かめればいいって訳さ。)
(骨が二つで、こつこつ。俺なら続きを、nohohon にしているはずだ!)
置き去りにされたロボットの胸画面には
「カイトウ キョヒハ ミスニ ナリマス。ジカンオーバーモ ミスニ カウントサレマス。シタガッテ アナタニ バツヲ アタエマス。」
との文字が表示されていた。
男が入力するとパスワードは正しかった。
ロック解除と同時にロッカーから、白いガスが吹き出された。
(これを吸ったら、直前10分間の記憶がほとんどなくなるからな。)
この仕掛けを知っていたから防護マスクが必要なのだ。
だが、ロッカーの中に何が入っているかは俺も知らない。
いや、正確に言えば、憶えていない。
ただただ、ここを開けなければいけないことだけを憶えていた。
中にあったのは1枚のメモ。
『 「nohohon 」のパスワードでロッカーを開けても何も解決しない。「鉄骨飲料」「骨粗しょう症」「nohohon」の3つのキーワードを10分以内にロボットに伝えれば、ロボットを強制停止できる。ただし、ロボットが先に強制停止方法を知れば、キーワードを無効にするだろう。これだけは絶対に知られてはいけない。』
メモにある俺の字を見て、全てを思い出した。
暴走するロボットに会社のフロアは完全に封鎖されていた。ロボットが管理できないスペースは社内でここだけだ。ここが開けば、ロボットは必ず中に何があるか確かめようとするだろう。ロボットを止める方法をロボットに知られてはいけない。そのために、メモをここに隠したのだった。
「鉄骨飲料」と答えてから、もう10分は過ぎている。
(また、やり直しか。)
男はメモをロッカーに戻して閉める。程なく部屋にロボットがやってきた。
「鉄骨飲料、コツ…」
男が言い終わる前にロボットは体当たりをして、男を転倒させる。
男はマスクを外され、ロボットは白いガスを噴射し、記憶はまた消された。
ロボットの胸画面に文字が表示される。
「オタガイニ コノコトハ ワスレマショウ。」
あざだらけになった男によって、ロボットの暴走が止められたのは深夜だった。
ロボットは行動データを意図的に消してしまう不具合を起こしていた。
人に危害を与えたことを忘れたかったのだろうと分析されている。
今週のお題「忘れたいこと」
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