tn45. What do you see? の衝撃 エリック・カールさんを偲んで
アメリカの絵本作家、エリック・カールさんの訃報を知りました。亡くなられたのは現地時間2021年5月23日で91歳とのことです。お悔やみ申し上げます。
彼の代表作となると『はらぺこあおむし』を挙げる人が多いと思いますが、ここでは別の作品について述べます。
『Brown Bear, Brown Bear, What Do You See?』の謎
英語版『Brown Bear, Brown Bear, What Do You See?』です。英文と和訳を併記した絵本なら大丈夫ですが、日本語版『くまさん、くまさん、なにみてるの?』では味わえません。
画像は偕成社より
- 『Brown Bear, Brown Bear, What Do You See?』の謎
- 『Brown Bear, Brown Bear, What Do You See?』の衝撃
- What do you see? という名言
- <余談 私の絵本のプレイリスト>
英文と和訳を併記した画像を紹介します。
画像は偕成社より
英文と訳文を並べます。
Brown bear, brown bear, (くまさん くまさん、ちゃいろい くまさん)
what do you see? (なに、みてるの?)
I see a red bird (あかい とりを みているの)
looking at me
次のページでは、赤い鳥が描かれ
Red bird, red bird, (とりさん とりさん、あかい とりさん)
what do you see? (なに、みてるの?)
I see a yellow duck (きいろい あひるを みているの)
looking at me
と、あひるや馬、犬、猫などいろんな動物が次々出てきます。
それぞれが同一系統の色で鮮やかに描かれ、ここでも彼の絵の魅力が満載なのですが、英文の looking at me に対する訳語がありません。その理由は知りませんが、この言葉とその意味(私を見て)が気になりました。これは、誰が誰に言っている言葉なのでしょうか。2通りを考えました。
- 今のページに描かれている動物が言っているなら、次のページに進まずにもっと私を見て欲しいという意味に思えます。
- 次のページの動物が割り込んで言っているなら、早く次のページに進んで私を見て欲しいという意味に思えます。
絵本を読み上げる人は looking at me と言ってページをめくるのです。それは、1の場合だと哀しい展開ですが、2の場合なら新しい出会いに胸ときめく展開です。どちらを選択してページをめくると良いのでしょうか。
一方で、絵本を見せてもらっている人にとっては、もっとじっくり見たい人、どんどん次が見たい人、両パターンあるかも知れません。これは面白い視点で描かれているなあと思いました。でも後に、そんな考えが、字面だけしか見ていない浅はかな考えだったと気づかされます。
『Brown Bear, Brown Bear, What Do You See?』の衝撃
英語版の巨大絵本を使った公開英語教室でのことです。
一文ずつ、先生が英文を読んで、それを子どもたちが真似して暗唱します。これを続けていると、先の英文の太字部分、what do you see? と looking at me が何度も出てくるので、子どもはすっかり憶えて自信満々で、 what do you see? と looking at me の声もどんどん大きくなっていきました。傍で観ていて、もうわかったから、そんな大きな声を出さなくていいよ、と言う感じになります。
ところが不意に、子どもたちの大きな looking at me! の声に対して、先生の答えが淡々としていると気付いた瞬間、連呼が絵本を飛び越えて、子どもたちの本音を代弁しているように思えたのです。 what do you see? と looking at me! は描かれた動物の言葉ではなく、子ども自身の声として、読んでいる大人に向けられているかのよう。
あなた(大人)は何を見てるの?
私を見て!
衝撃でした。エリック・カールさんは、こうなることを絵本に仕組んだのでしょうか。子どもたちが大人にためらうことなく「私を見て!」と叫び、大人はその生の声を聞く。まるで、大人が子どもとしっかり向き合う時間を失っていく世を憂いて、子どもをもっと見て欲しいとの願いを絵本に託しているかのようです。
絵本で子どもを楽しませるだけでなく、絵本を通じて大人にもメッセージを送る仕掛け。仕掛け絵本の奥深さを見た気がしました。
子どもがこの台詞にすっかり慣れた頃、ストーリーは大きく動きます。それについては、ここでは伏せておきます。是非、本をご覧ください。英語版と併記版を見比べるのもお勧めです。
What do you see? という名言
なに、みてるの?
読み聞かせの時、絵に描かれた動物を真似た声にするのも、子どもの想像に任せるために敢えて棒読みするのも、元気溌剌に読むのも、思慮深く読むのも、根底で子どもの成長を願っているなら間違いではないと思います。でも、時折「私がこんなに一生懸命読んでいるんだから、私をよく見なさい」的に読む人がいます。さすがにそれは違うんじゃない?と思います。
What do you see? は誰が誰に問うているのでしょう。
この問いでエリック・カールさんが聞きたかった答えは、子どもであり、平和な未来だったのではないでしょうか。
例によって今回も、私の深読みし過ぎかも知れません。でも、What do you see? は、いついかなる時も立ち止まって周囲を見渡し、自らに問うべき名言だと思います。今のこのタイミングで世界中に流れたエリック・カールさんの訃報によって記憶が蘇りました。
コロナ禍でオリンピック開催に揺れている今、またある国では軍による圧政が推し進めれれている今、別の国では子どもにもミサイルが発射される今、この国で人権が軽んじられるニュースが伝わる今、あらためて
What do you see?
と、エリック・カールさんが問うている気がするのです。
私たちは今一度、自らと周囲に問う必要があるように思います。
そして、
Looking at me
と今一度、切実な思いで訴えているのは誰なのか考える必要があると思いました。
エリック・カールさん、ありがとうございました。
安らかにお眠りください。
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<余談 私の絵本のプレイリスト>
一般にプレイリストは音楽や動画のリストとされますが、ここでは絵本のプレイリストを記しておきます。かなり悩んだのですが、10選(一作家につき一作品)です。順位はつけられません。
『Brown Bear, Brown Bear, What Do You See?』(エリック・カール)
『あいうえおの本』(安野光雅)
『ふたりはともだち』(アーノルド・ローベル )
『たんぽぽ』(平山和子)
『ごんぎつね』(作:新見南吉 絵:黒井健)
『しまふくろうのみずうみ』(手島圭三郎)
『せかいいちうつくしいぼくの村』(小林豊)
『だめよ、デイビッド!』(デイビッド・シャノン)
余談として書き始めたものの、本記事より時間がかかった気がします。各作品に注釈をつけるとなると膨大になりそうなのでやめました。安野光雅さんについては過去記事があるので紹介しておきます。
10選からは外したものの、最後まで悩んだ作品、同一作者の他作品も紹介しておきます。
--- 次点として悩んだ作品 ---
『100万回生きたねこ』(佐野洋子)/『どろんこハリー』(ジーン・ジオン)/『だいじょうぶだいじょうぶ』(いとうひろし)/『いたずらきかんしゃちゅうちゅう』(バージニア・リー・バートン)/『11ぴきのねこ』(馬場のぼる)/『川端誠落語絵本』(川端誠)/『シュナの旅』(宮崎駿)※絵本というより絵物語になるそうです。
--- 同じ作家で悩んだ作品 ---
『ABCの本』、『旅の絵本』(安野光雅)
『ふたりはいっしょ』、『ふたりはいつも』、『ふたりはきょうも』、『いろいろへんないろのはじまり』(アーノルド・ローベル )
『フレデリック』(レオ・レオニ)『じぶんだけの いろ』(レオ・レオニ)
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訂正とお詫び
記事中、 What do you see? → what do you see? また、Looking at me → looking at me 及び、red bird, red bird → Red bird, red bird に、 本のタイトルも『Brown bear, brown bear,What do you see?』→『Brown Bear, Brown Bear, What Do You See?』に訂正してお詫びします。なお、一部については見出し語として大文字使用をしています。(2021.6.2 追記)
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今週のお題「わたしのプレイリスト」