高校時代、雨の日のサッカークラブの練習は体力トレーニングになることも多かったが、サッカーは雨でも試合が行われるので、雨中の練習も珍しくなかった。
雨の日のサッカー、その疲労度はけっこう大きい。学校のグラウンドは地面だった。当時は芝のグラウンドなんて、大きな大会での試合や練習以外で使うことは無かった。だから、雨の日の外での練習や試合は泥まみれになって当たり前だった。
泥のぬかるみ
サッカーのスパイクには滑り止めに凸の形のスタッド(当時はポイントと呼んでいた)が付いているが、ぬかるみの中ではあまり役に立たない。場合によっては股裂きの刑を受けているかのように両足が広がってしまって股関節を傷めることもある。
一方で水分の少ない泥だと、粘土のようにどんどんスパイクの底に付着して底に重りを着けた状態になる。粘度が強い土の場合はスパイクが脱げてしまうこともあった。
ボールの軌道
私はただでさえ近視でボールが見えにくいのに、雨が強くなると一層見えづらくなる。水たまりができると、ボールの進み方が予測しづらくなる。ボールが水たまりに入ると、とたんにスピードを奪われて転がらなくなったり、水面に弾かれて思わぬスピードで突き進んだり。高くから落ちた時にはバウンドの方向が予想外だったり、ぴたっと地面に吸い付くように止まったりする。
ヘディング
そんな中でもヘディングは特に嫌だった。
革製のサッカーボールは水を吸う。頭の当て方によってはとてもボールが重たく感じられ、痛みとともにくらっと意識が飛びそうになることもある。さらにボールが泥まみれで飛んでくると目に泥が入ってしばらく何も見えなくなることもある。地面から跳ねて来たボールが予想外の軌道をとり、顔面に直撃することもある。そうでなくても跳ねた泥が口や鼻、耳に入ることだってある。
芝生のグラウンドで試合をしたこともあるが、文字通り芝とは雲泥の差だ。
思わぬ効果
冬でなければ、雨に濡れても動き回っているとそれほど寒くはならない。むしろ身体から湯気が立つことも珍しくない。個人的には雨の降っていないときより体力が持つように感じた。
普段ならすぐに喉が渇いて動きづらくなる。試合中の飲水は体に悪いと言われていた頃である。それは以前記事にも書いた。
でも、雨中であれば知らず知らずの内に雨水を舐めて水分補給ができていたからかもしれない。これは、後に気づいたことだ。
加えて、ウェットハイという持論がある。走っている内に気分が高揚するランナーズハイ、山登りをしている内に怖さを感じなくなるクライマーズハイ、さらにスイマーズハイ等と同様に、びしょ濡れの状態で動き回っていれば、ウェットハイになることがあるように思うのだ。これに泳げる泳げないは、ほぼ関係しない。(これも後に思いついた理由)
ただ、もともと他の部員に比べて体力の劣る私である。ウェットハイになったとて、チームに大した貢献ができるはずもなく、喜々としてボールを追いかけているだけだったろう。
雨中試合
それでも、DF(ディフェンダー:守備)として、チームに貢献できたというプレーはある。その一番の活躍だと思うのが雨中試合のプレーだった。
ゴール前に回り込み、キーパーをかわした敵のシュートをヘディングで弾き返したのだ。それがなかったら失点していただろう。ただ、雨に濡れた重いボールを頭で弾き返したせいで私は失神しかけていた。くらっと来ていたところに目に入ったのは、こぼれ球を拾った敵からのループシュート(山なりの軌道)。
体勢を立て直したキーパーの裏をかいたシュートにキーパーの手は届かない。
ここまでかと思いながらも、私はジャンプして足を挙げ、精一杯つま先を伸ばす。それでも届かないかもと思ったが、ボールが重くなっていたせいか、つま先にわずかなボールの感触を残し、ゴールポストに当たって跳ね返る。今度は味方の足元に落ちて危機を脱出できた。
そこまでの流れがスローモーションのように記憶に残っている。
それから、私は格好よくオーバーヘッドキックの体勢のまま、肩からぬかるみに落ちたつもりだったが、地面についたのは腕と腰だった。かなりジャンプをした印象だったのに、試合後チームメイトの話によるとそれほどのジャンプではなかったそう。でも、監督もチームメイトもあのプレーが無かったら試合は負けていたというのは一致した評価であった。もっとも、練習試合だったので、それほど大きな貢献とも言えない。
試合後
以前記事にしたようにサッカーは高2で辞めた。体力的にも、学習成績的にも、精神的にも続けられなくなった。サッカーに関わることも減り、記憶はかなり薄れていった。
でも後に、あの時の記憶が鮮明に蘇ったことがある。
2002年W杯日韓大会の日本vsベルギー戦。鈴木隆行選手のつま先ゴールだ。
ゴール前に転がるボール。追う鈴木。先に鈴木の足が届くか、そのまま転がって相手GKが止めるかという瀬戸際。最後の一歩で懸命に足を延ばす。その姿を息を飲んで見つめていた。わずかにつま先に触れたボールはGKをかわしてゴールした。
鈴木のゴールと私のゴール阻止を並べるつもりはさらさらないが、ボールに届けと念じながらつま先を出すシーンに体が震えたのは、高校の経験があったからだろう。
ああ、足が高く上がってなくても、懸命に足を伸ばして当たっただけでもいいじゃないかと思い直すまで20年程かかった。
日本代表がW杯で初の勝ち点1をもたらせたあの試合は価値あるドローだと言われた。
私のあの雨中練習試合も価値ある泥試合と語ってもいいかなと、今は思っている。
今週のお題「雨の日の過ごし方」