「ハンバーグ作るから手伝って。」と母から声がかかる。
小学5年頃からの定番の手伝いは、高校生になっても続いていた。
母の言うには、私に手伝ってもらわないと、いつもの味にならないとのこと。
手伝いは、決まってニンジンをすりおろすことから始まる。
ハンバーグにニンジンのすりおろし
「ハンバーグにニンジンのすりおろし?」多くの人が疑問に思うだろう。
でも、私は20歳の時に気づくまで、必須と信じて疑わなかった。9年間、家でハンバーグを作る度にすりおろした。いや、就職した後で帰省した時も。
ニンジンを使わないのが王道
大学時代、友人が下宿に来て、夕飯にハンバークを作ろうとなった。近所のスーパーに行き、食材を品定めする。「まずはミンチに玉ねぎ。パン粉と牛乳は下宿にあるから、後はニンジンだな。」と話したら、友人はピタッと立ち止まった。
「ニンジン?つけ合せも作るのか?」
「ん?ハンバーグと言ったらニンジンは必須だろ?」
「つけ合せは作らなくても良いだろう?」
「ん? ???」
話が噛み合わない。そしてようやく、すりおろしニンジンをハンバーグの生地に使うのは、王道から外れた我が家流だと知った。その時になって初めて、母の策略に気づいたのだ。
帰省した折にそのことを話したら、
「あははは!ついにばれたね。」
と母は笑った。ついでに
「僕のニンジン嫌いを何とかしたかったんだろ?」
と付け加えたら
「ニンジンはなかなか食べなかったから、苦労したわぁ。」
とまた笑う。
母の策略
母のハンバーグは大好物だった。だから、初めて手伝った時のことも憶えている。
でも、思いもしなかったニンジンのすりおろしを頼まれ、とまどっていると、
「ハンバーグだったらニンジンも食べるのにね。」
と、言われて驚いた。幼少の頃、肉嫌い、魚嫌い、野菜嫌いだった私が、少しずつ好き嫌いを減らす中、野菜の難関がニンジンだったのに、既に食べていたとは。
(食べられなかったわけじゃないんだ!)
その衝撃は、漫画『包丁料理人 味平』で、魚が食べられなかった主人公が魚肉入りソーセージを美味しいと言って食べていたことに驚くシーン、そのままだ。
すりおろした後、母が生地になる食材をボールに入れ、生卵を落とす。
それをこねるのも私の仕事。ミンチ、玉ねぎ、パン粉、ニンジンそれらがきれいに混ざらないと美味しくならないと言われ、まんべんなく混ぜる。(つまりどこを選んでも同じ量のニンジンが入っている。)
焼く前の成形もする。これもハンバーグの大小で兄とけんかにならないようにする母の策略だ。土地を分ける場合、どちらを選ばれても文句を言わないよう、分ける人と選ぶ人が別々というパターン。
ニンジンも策略も練りこんだハンバーグが焼き上がり、自家製ソースをかけて食べる。
やっぱり美味しい。今までのも美味しかったが、手伝った今回はなお美味しい。
それまでのハンバーグにニンジンは入れてなかったのだから、これまでのが美味しいのは当然で驚くことではない。むしろ、初めて自分でニンジンをすって生地に練りこんだハンバーグを美味しいと食べたことに驚くべきだが、そこには気づかない。
これまで通り食べる私の隣で、母の方が内心驚いたと思うが、そこにも気づかない。
味の違いには気づかなかったというか、ニンジンが入っていると知っただけで味が変わるはずがないと思い込もうとした。 逆に、ニンジンの味が感じ取れないかと、いつも以上に味わっていたと思う。食べ物を何が入っているか考えながら食べるようになったのはこの時からかも知れない。
好き嫌いの多くは偏見
「好き嫌いの多くは偏見からきている。」
持論の原点が、ニンジン入りハンバーグにある。
偏った知識や、思い込みで、好き嫌いを決め込んでることは多い。
ごはんややきそばにマヨネーズ、トーストにあんこ、ステーキにわさび、焼きもちににわさび醤油、パスタにいかの塩辛、そして、納豆も。
いろんな食べ方
大学受験後、家でも納豆を食べるようになった。
私が、家で納豆の話をしたからだ。
どうせなら、いろんな納豆を食べてみようと、違う納豆を食べ比べた。
粒の大きいの、中くらいの、小粒、極小粒、ひきわり…。ひきわりは馴染めなかった。
味付けも変えた。付属のたれ、しょうゆとからし、めんつゆ、ポン酢、わさび。
化学調味料が好きではない母は、しょうゆとからしを選ぶ。結局、我が家の本流の食べ方は、しばらくの間、しょうゆとからしになった。
ニンジン入りハンバーグを作り続けた母、譲れないこだわりがあるのも母らしい。
ニンジンはハンバーグに入れず、付け合わせに
母に認知症が出始めてから、ハンバーグにニンジンを入れなくなった。
帰省した折には、私が料理担当となり、ニンジンを入れるとハンバーグにパサパサ感が出て、どうにもよろしくないと思ったからだ。代わりに、付け合わせとして、グラッセ風に切ったニンジンに、砂糖をまぶし、レンジでチン。アツアツの状態で、小さく切ったバターを乗せて溶かしてなじませる。或いはチンしたものをフライパンでバター炒め風にすれば、なお、おいしい。
ニンジン入りハンバーグをまた作ろうという気持ちはない。
ニンジンのおいしさを知った今となっては、付け合わせで食べた方がおいしいと思う。
小さい子どもの食事が、味に慣れさせることを含めて、離乳食であるように、私がニンジンの味に慣れるための、ハンバーグだったと思っている。きっと、ニンジンそのものを味わって食べる方が母も嬉しいはず。
グラッセ風チンニンジンを「ニンジンてこんなに甘かったかなあ?」と食べた母。
でも、私がニンジンを食べてたという驚きの大きさには程遠かった。
料理で人を驚かせるのも、母にはかなわないままだ。
今週のお題「納豆」
(ほとんどハンバーグの記事で、納豆の記事は少しだけど)