私の旅は、高校時代の「青春18のびのびきっぷ」から始まっています。
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青春18のびのびきっぷって何?
「青春18のびのびきっぷ」は、当時の国鉄(現在のJR)から1982年(昭和57年)3月1日に8000円で発売された切符。国鉄線普通列車・快速列車の普通車自由席(宇高連絡船・宮島航路等の普通席も含まれる)の1日有効乗車券3枚、2日連続でのみ使える乗車券1枚が綴じられたセットでした。
その情報は新聞で知りました。当時の高校生にとって8000円はなかなかの高額ですが、5日間乗り放題となれば、格安。3月5日に急いで購入しました。友だち二人で2泊3日の旅で使うことに。友だちは、1日乗車券2枚と、一番運賃の安くすむ最終日に別途、切符を買うことにしました。
購入したのは昭和57年3月5日。有効期限が5月31日までだったのも初回発行の特徴です。
おまけ?ふろく?として、シール式のワッペンもありました。これはつけるにはちょっと恥ずかしいというのと、貼ってもすぐ剥がれそうな気がしたのと、記念においておこうという思いがあって、使わず終い。
選んだ行先は山陽道
行きたいところはたくさんあったのですが、いろいろ考えた末、姫路城、後楽園、広島平和公園、宮島(厳島神社)、倉敷の山陽道観光に絞り込みました。
計画を練るために、時刻表を買い込み、試行錯誤していくつものダイアグラムを作成。幾つかの案から、効率的な案を探し出しました。この経験のおかげで、時刻表を見るのに慣れることができました。
下のダイアグラムは、2日目の旅程がほぼ決定したときのもの。赤い線は新幹線を利用した場合の時間と金額を示しています。宮島口から宮島までは国鉄運営のフェリーを使いました。ダイアグラムを作っていたおかげで、予定通りにいかなかった場合、他にどんな選択ができるかがすぐわかるので安心感がありました。
旅程は、初日、四国を出て、岡山ー姫路ー倉敷泊。二日目、倉敷ー広島ー宮島ー倉敷泊。三日目、倉敷を観光してから帰路につくというもの。初日と二日目は同じ宿です。宿を探す手間が省けて、なかなかいいアイデアだと思っていたのですが、旅の途中で話をした女子大生から「ハードだねぇ。」と言われてしまいました。でも、すべてを鈍行列車で回る旅自体がハードですから、それは百も承知の上のこと。
電車の時間に遅れないようにするため、山陽道観光のガイドブックを買い込んで、観光地をどう巡るかも考えました。公園を歩く道順や寄る店まで決めていたので、一緒に行った友達からすると何から何までついていくだけで、きっと不満も大きかったはずです。でも、その時は、予定の場所をすべて回るのにはこれがベストなのだと、説き伏せていました。あとで少し反省しました。
自分で切符の情報を得、行先を決めて、時刻表とガイドブックを見て細かく計画を練り、時間に追われながらも、ほぼ予定通りの旅となりました。それが良い旅、おすすめの旅と言えるのかは不明ですが、旅慣れができたのは良かったと思います。
今なお旅の途中
タイトな旅の経験は、後に、ゆったりできる時間を入れたり、現地で予定を変えられる旅となっていきました。私の中では、旅と旅行とは別のイメージです。旅程をこなすのが旅行、旅程を色づけていくのが旅、そんな感じです。
大学時代には目的地に着いてから宿を探す、いざとなったら、深夜営業の喫茶店や待合室で夜を明かすことも何度かありました。旅の途中で気になった場所をじっくり観光して、予定を変更することもありました。旅先で知り合った人の家に泊めてもらったこともあります。インターネットが普及する前、手紙や電話で会う約束をして旅先で会い熱く語り合ったことも。大学時代は教官からの電話があった後、30分で電車に飛び乗り九州から東京まで出向いたり、研修先で研修後1日余裕をもらって観光したり。過去記事でも触れましたが、地味ながら気ままな旅は多いように思います。
最近ではインターネットカフェが心強い味方になっています。直近では2018年に、青春18きっぷと高速バスを組み合わせて旅に出かけました。
きっぷにも時代の変遷を感じてしまいますね。とりわけ、第三セクター路線等が増え、JRの鈍行だけでの旅が難しくなってきてるのが残念です。どの鉄道でも使える格安フリー切符、出て欲しいです。
今、都道府県で言えば、訪れたことの無いは沖縄県だけになりました。さすがに、沖縄まで行ける鉄道はありませんが、何らかの方法でいつか訪れたいと思っています。その他、まだまだ行きたいところは尽きません。むしろ旅に行くほどに、行きたい場所が新しく増えるという感じです。
そんな訳で、私のおすすめの旅を強引に一言で言うなら「終わらない旅」、「次につながる旅」ってことにしておきます。