1982年にミリオンセラーとなった、あみんの『待つわ』。
ヒットしていた当時は、歌詞が暗くて後ろ向きに思えてあまり共感できませんでした。歌い出しはこんな歌詞です。
かわいいふりしてあの子 わりとやるもんだねと
言われ続けたあの頃 生きるのがつらかった
時に耳にする女性同士の嫉妬や、そこからくる嫌がらせががイメージできてしまい、見たくない世界がちらちらする感じ。でもそれが逆に、ひたすらに片思いを続ける女の子の共感を呼んだのかも知れません。ヒットした要因には、全く無名だった現役女子大生のデュオというのもあったと思います。5月27日にシングルデビューし、年末には紅白歌合戦にも出場しました(歌っているのを見た記憶は残っていません)。
普通の女子大生から、一気に世の注目を浴びることとなり、学業との兼ね合いもあって、1983年末にあみんは解散します。大学では、授業に出ると教授から「芸能人は来るな」と教室を追い出されたというエピソードもあったそうです。
皮肉なもので、解散してから上の歌詞があみんの境遇を歌っているように思えて、『待つわ』が印象に残るようになりました。片思いの歌が、二人の叶わぬ夢への思いのように感じるようになったのです。もっとも、そんな風に思い始めたのは、高校を卒業してからのことでした。
行ったり来たりすれ違い あなたと私の恋
いつかどこかで 結ばれるってことは 永遠(とわ)の夢
歌詞中の「恋」を「夢」に置き換えれば、デュオのどちらかの思いではなく、それぞれ思いが微妙な違いを越えて同じ歌詞に収まっている感じに思えます。あみんの人気が、もう少しゆっくりした成長だったなら、あみんの二人は歩調を合わせて活動できたかもしれません。急激な盛り上がりだったために、すれ違いが起きたようにも思えます。
悲しい位に私 いつもあなたの前では
おどけて見せる道化者 涙なんていらない
わかりきってる強がり 平気で言ってみても
一人ぼっちの時には そっと涙を流す
鮮烈なデビューから解散までの間、二人はお互いそんな思いでいたかもしれません。どんどん人気が出て脚光を浴びながら、一人は相手を思って学業から遠ざかることに、もう一人は相手を思って歌うことを制御することに、それぞれ自分を納得させようとしていたのではとも思うのです。歌が大ヒットして解散したあとに、勝手なイメージをを歌詞に見るなんて、歌の作者からすれば、とても失礼な話のはずです。でもそれが、まるで運命のいたずらであるかのようにも思えました。
あみんの解散後、岡村孝子はソロで活動し、1987年『夢をあきらめないで』を発表しました。下はその歌詞の一部です。
いつかは 皆 旅立つ
それぞれの道を歩いていく
あなたの夢を あきらめないで
熱く生きる瞳が好きだわ
負けないように 悔やまぬように
あなたらしく 輝いてね
この歌詞は、視聴者に対してだけでなく、あみんの元相方への応援歌であると同時に、岡村孝子自身への応援歌にもなっているように思いました。そのことで、この歌は『待つわ』の続編でもあるのではと、勝手に思っています。
その後、あみんは、2007年に再結成。紅白歌合戦にも再出場し『待つわ』を歌いました。もしかしたら、80年代前半から、再び一緒に歌う機会を待っていたのかも知れません。
『待つわ』の歌詞の最後はこうです。
待つわ いつまでも待つわ
他の誰かに あなたがふられる日まで
高校時代、この部分にある種の恐さを覚えました。人の不幸に乗じてそこにつけ込むような頑なに待ち続けられる恐さです。
それが年を経て、どんなことがあってもあなたを見守る決意、揺るがない愛情だと思うようになりました。恋した相手にふられる、夢見たことを挫折するまで、虎視眈々と狙っている姿ではありません。あなたには精一杯思うままに生きて欲しい、それでどうしても駄目だったとしても、私がいるから安心して欲しい、根底にはそんなひたむきに待ち続ける思いがある気がするのです。「あなたがふられる日まで」の歌詞は「あなたがどんな目に遭ったとしても」という意味だと思うようになりました。
高校時代は、今一つ好きになれずにた『待つわ』でしたが、今はそのひたむきさが気に入っています。『待つわ』が待っていたのは、過去を乗り越えたあみんであったように思うのです。