tn198403s 高校時代blog

「人生に無意味な時間は無い。ただ、その時間の意味を感じることなく生きているだけである。」この言葉を確かめてみようと、徒然なるまま、私の高校時代(1984.03卒業)の意味を振り返り綴るブログです。

校内スポーツ大会(1) 1年のバレーボール

高校ではクラス対抗のスポーツ大会がありました。

 

1年時の1学期末のスポーツ大会では、男子はソフトボールとバレーボールの2種目だったように思います。全学年、全クラスごとのチームになります。ソフトボールでは、遠投ができない上、打てる自信もなかったので、バレーボールを希望しました。それくらいの軽い感じだったのですが、クラスのバレーボールメンバーにはバレー部に所属する精鋭が多くいたということは全然わかってませんでした。

 f:id:tn198403s:20190531233707p:plain

私は身長も低く、ジャンプ力も乏しく、アタックらしいことは何もできません。相手チームにバレー経験者がいれば、スパイクは正確で鋭く、レシーブもなかなかできません。不確かながらバレー部員は効き手でスパイクができないというルールもあったようにも思うのですが、それでも強烈でした。

 

相手チームからすれば、私は格好のターゲットです。試合中、相手チームの声援でも、私が穴だと言われていたように思います。それでも、気持ちで負けてはいけないと、自分で自分を奮い立たせていたつもりでいたのですが、実際には腰が引けてしまったり、身動きすらできなかったりを何度繰り返したでしょう。しかし、チームメイトは私を責めることはなかったです。むしろ、励ましやアドバイスで、私の折れそうな気持ちを支え、守り続けてくれました。

 

チームメイトなんだから、それが当たり前と言えば、当たり前なのかも知れません。もしかすると、私の状況判断力が乏しく、愚直だっただけかも知れません。でも、とにかく、「負けるものか」という気持ちだけは持続できていたように思います。もちろんそれは、私の思い込みであって、実際はチームメイトの奮闘により勝ち続けていたからこその話です。

 

1年生のチームでしたが、確か決勝戦まで勝ち進みました。相手は3年生だったと思います。振り返ってみれば、自分が出場したスポーツの試合で、あれほどの応援をもらったことは無いです。相手チームと自分のチームとの声援が反響して、チーム内の声がよく聞き取れなかったことがあったほど。試合の内容はあまり覚えていません。作戦タイムだったか、コートチェンジの合間だったか、試合途中、クラス担任の先生から檄があったのは憶えています。

 

結果から言えば、優勝には届きませんでした。私が敗因になったとも思うのですが、試合中と同じく、誰も私を責めることは無かったです。試合後はお互いを労い、爽快な気分になったように思います。

 

 後に母から、私が1年生の始めの頃、「クラスに友達がいない」と何度かこぼしていたので、心配していたと聞きました。それが、1学期の終わり頃には「友達ができた」と言っていたそうで、安心したとも。私には、そんな話をした記憶がないのですが、振り返れば、スポーツ大会のあった頃と重なります。チームの足を引っ張りまくって申し訳なかったと思いつつも、バレーボールの試合後の爽快感は、そのままクラスでの居心地の良さに繋がっていったように思います。そして、ふとした時にそんな話を親にしたのかも知れません。

 

この場を借りて、チームメイトと、熱い応援をしてくれた人達に感謝を述べたいです。本当にありがとう。