tn198403s 高校時代blog

「人生に無意味な時間は無い。ただ、その時間の意味を感じることなく生きているだけである。」この言葉を確かめてみようと、徒然なるまま、私の高校時代(1984.03卒業)の意味を振り返り綴るブログです。

近況11.80歳の父、スマホデビューする あれ?

「あれ、わからんなった。」

電源ボタンを押して、暗い画面のスマホを明るくしたものの、続く操作がわからない父、80歳。

 

スマホデビューあるある話

ガラケーなら、蓋を開けて画面が明るくなればすぐ操作ができるが、スマホはロック画面の解除が必要。解除に介助していたらいつまで経っても使えるようにならないので、私は黙って見ている。

 

画面には「 上にスライド」という文字も出ているが気づかない。スマホに慣れた人なら(書いてあるじゃん)と、突っ込みたくなるところだが、私にも経験がある。画面の文字を読むより先に、ボタンキーが無いことに戸惑うのだろう。

 

 

それでも数秒で気づいたのだか、今度はスライドする指の動きが小さ過ぎてほとんどタップ。もちろん、ロックは解除されない。

「あれ、動かんぞ。」

 動いていないのは、画面ではなく父の指だ。苦笑するのをこらえて、指で画面を撫でるように動かすよう助言。ぎこちない動きではあるが何とかロック解除。

 

ホーム画面を出して一安心したあと、

「あれ?何するんだったっけ?」

と「あれ?」はまだ続いた。 

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スマホで「あれ?」が止まらない

初めてのインターネット

そんな初日から10日程。指の動きもずいぶん滑らかになってきた。まだ操作に時間はかかるが、とりあえず通話にメールと当初の目標はクリアできた感じだ。写メールも一回成功したが、もうやり方は忘れたとドヤ顔だ。

 

せっかくスマホにしたのだから、少しはインターネットを使えるようにと言って見るが、まるでやる気がない。そのくせ、ちょっとしたことを私に検索させようとする。少し前は大相撲の結果やコロナの新規感染者数等を聞いてきた。最近はプロ野球の結果もだ。

 

そこで父が、「今日のコロナは何人?」と聞いてきたタイミングで「スマホのホーム画面出して。」と切り返す。予想通り「めんどくさい。」の返事に「めんどくさいのは使い慣れようとしないから。」と反論して、「教えるから、ひとまず、やってみたら。」と促した。

 

ネットが使えたら良いなと言うものの、自分にはできないと決めつけている面が多分にあると思っていたのだ。

 

ホーム画面の上部のグーグル検索枠をタップさせ、「コロナ NHK」と空白も忘れずに入力して、検索ボタンを押すように指示した。NHKと大文字で打てずに、nhkではあったが無問題。アルファベットが打てただけ良しとしよう。

 

検索画面を見て「文字がいっぱいで、こんなに読めない」と言うのも想定内。「NHK特設サイトと言うのがあるはずだからそれをタップ。」と続け、「データで見る」→「都道府県ごとの感染者数」と促し、普段ニュースで見ている黄色の日本略地図が出てくると、「携帯にテレビが映ってる!」とジョークなのか本気なのかよくわからない反応があった。なお、父はガラケースマホワンセグを見たことが無い。

 

 地図画面を横にスライド(スワイプ)すれば東日本と西日本が切り替わることに「上手いこと作ってあるなあ。」と感心している姿が印象に残った。それにしても、何だか無邪気な子どものような反応に、ちょっと安心した。

 

まだまだスマホの課題は山積みで、いろいろと喜怒哀楽を経験するだろうが、「さすがに今からスマホを使えるようになるのは無理かも」と決め込まずによかった。ひとまず、「無事スマホデビューおめでとう」なのだ。

 

 

 今週のお題 

#新生活が捗る逸品

近況10.人生55年生の今、学ぶこと、父のこと

「 学力とは、学んで得た力ではない。学ぼうとする力である。」

大学時代に出会った言葉です。今でもそう思っています。

この歳で学ぶ意味

現在私は55歳です。今年1年、何を学ぶとよいのでしょうか。

前回の記事の計算に従えば、今年1年が私の人生に占めるのはわずか1.8%。これまでの98.2%に比べると何とも短いです。

 

 

今更、何を学んでも大した意味はないようにも思います。しかも、学んでも忘れることは多い一方で、何かに役立てられることもそう多くなさそうーー。

 

でも、きっとこうした考えは落とし穴。本末転倒だと自分に言い聞かせています。

 

「意味があるから学ぶ、役立てられるから学ぶ」ではない。

「学ぶことに意味があり、学ぶことで役立てられる」のだと思うのです。

 

意味があるかどうかはやってみないとわからない。今の文明を支えている研究には、かつて「絶対に無理だ」「できるはずがない」「やっても意味がない」と信じられていた分野を開拓したものが少なくありません。

 

幸いにして、これまでで学んで損をしたという経験はありません。わからないということがわかるのは学んで得た成果であって、他のことを学ぶ方が私には役に立つという生き方の指針にもなっています。微分積分はまさにそんな感じでした。

この記事にも書きましたが

…「わかる」には四つの段階があるのだとか。

1.わからない(わかっていない)ことがわからない。

2.わからない(わかっていない)ことがわかる。

3.わかる(わかっている)ということがわからない。

4.わかる(わかっている)ということがわかる。

1から2へ進むだけでも価値や意味はあると思います。

 

先に「今年1年が私の人生に占めるのはわずか1.8%。」と書きましたが、これまでの人生の98.2%が胸張れるものであったかと言われるとそうでもありません。微分積分のようにわからないことがわかったならまだしも、わからないことがわからないままになっていることの方が多いかも知れません。

 

人生の55年生

それでもこう言い換えることができると思います。

「これまでの98.2%の学びがあるから、その先の1.8%の学びに進むことができる。」

小学3年生までの学習をしてきたから、小学4年生になれるように、人生54年まで学んできたから、人生55年生になれる。そんな感じ。

大したことを言っているわけではありません。当たり前のことをあえて大袈裟に言っているだけです。小学校なら6年間、中学では3年間学んだように、仮に100年の人生なら100年間学ぶ。今55歳なら55年学ぶという次第。

 

これは、「人間の本質は考えることである」の持論ともつながっています。

「生きているなら考えよ、考えるなら学び続けよ」

 

 今年も学ばなくてはと思います。

 

何を学ぶか

ブログで宣言した5項目中の4項目

これからも私らしく過ごしたいと思っていますが、そのための明確な学びの筋道はありません。でも、幾つかの学んでみたいことはあります。

まずは、ここで触れた話題です。

  1. AIの話
  2. 編み物の話。
  3. ウーロン茶や水など無糖飲料の話
  4. 自転車に乗りながら飲んだ空き缶の置き場所のこと
  5. 禁煙と喫煙のこと

5つとも高校時代に関心を持っていた話題です。高校時代から始まったという訳ではありません。また、どれも今につながっている話です。

この内、5はひとまず「私と煙草」シリーズとして書き終えたので、今年中に残り4項目を書きあげたいと思っています。もっとも、学ぶというほどの詳しい話にならないかも知れません。また、他の人にとってはあまり興味が持てない話になるかも知れません。いつになるかは不明ですが、下書きは今も少しずつ膨らんでいます。

 

急浮上したもう1項目

実は3月、実父が無呼吸症候群の重症だと診断されました。

診断に至る最初のきっかけは、母の通夜の日(2019年12月)、亡くなった母の傍で、父と私が並んで寝ていた時でした。父がいびきをかくのはずっと以前からのことで、最初はあまり気にしていなかったのですが、この夜のいびきはそれまでと違って聞こえました。とても大きかった上、苦しそうに聞こえたので気になったのです。

 

2020年8月、母の初盆はコロナの影響もあって帰省を断念しました。一方で、ツレ(連れ合い)のお父さん(以下、ツレ父)の自宅に介護に入るようになります。ツレ父はがんが進行し、立ち上がることも難しくなって、日中もベッドで眠ることが増えていきました。そんなとき、ツレ父のいびきが、実父のいびきに似ているように聞こえて、ドキリとしたのを憶えています。

 

ツレ父を看取った後、彼岸に合わせて私の実家に帰省しました。その際、実父のいびきが気になって、隣の部屋で朝方まで起きていました。気にして聞いてみると、隣の部屋でも父のいびきは十分に聞こえました。そして、不意にいびきが止まるのです。1度や2度ではありません。しかもかなり長い間止まるときもありました。

その時に父の無呼吸症候群を確信したのです。

 

すぐ病院に相談して、9月末に2度の簡易検査を家で行った結果、精密検査のために入院が必要と言われました。年末の検査入院は父の体調不良でキャンセルになりましたが、この春に検査入院ができ無呼吸症候群の重症とわかったのです。

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無呼吸症候群の簡易検査 イラスト

母に教えられ、ツレ父に念押しされた気がしています。以前、仕事の上司から聞いた話やテレビで見た知識等もつながり、今は何だか、すべてのことが父の無呼吸症候群に備えるためだったような気もします。

 

父は6月に81歳です。付き添って行った病院やネット検索で無呼吸症候群の治療等の情報を集めています。それでも、わかっていないことがわかったという感じで、まだまだわからないことばかり。情報を集めることが学びと言えるのか微妙な気もしますが、少しでも父の症状について知りたい、改善したい、そんな思いです。

 

新しく「父のこと」と「無呼吸症候群」のカテゴリーも作りました。

今後、時折に私と父の近況も兼ねながら、記事にしていくつもりでいます。

 

無呼吸症候群の続きの記事はこちら

 

tn44.齢を重ねるほど1年を短く感じる理由

「1年経つのが早くなった」との台詞は、歳を重ねるほどに使うことが増えるようです。一方で「1年経つのが遅くなった」という話はまず聞きません。何故でしょうか。その理由を3つ考えてみました。

  

  

1.人生で1年が占める割合

1歳の子どもにとって、1年は人生の100%です。

2歳なら50%、5歳で20%、10歳で10%と歳を重ねるほどに減っていきます。100歳となれば1年の占める割合は人生の1%にしかなりません。

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人生で1年が占める割合

1年が365日というのはおそらく誰にとっても同じ長さですが、人間の時間感覚で1年を人生の幾ら分かと認識しているなら、1年が占める割合は歳を重ねるほどに減り続けます。

 

10歳の子どもが感じる1年の長さは人生の10%、50歳では人生の2%です。つまり、10歳の感じる1年が、50歳では5分の1に感じられるという理屈です。日数に換算すれば、10歳の365日は、50歳の73日です。そう考えると、10歳の子どもが「1年なんて長過ぎる」と感じるのも、50歳の人が「1年があっという間」と感じるのも、納得できそうです。

 

2.記憶の残り具合

脳が新しい記憶を留めるため、常に一定程度のことを忘れて空き容量を作っているとも聞きます。つまり、知らぬ間に忘れてもいい記憶を選別して消していることになります。

 

人間の記憶には短い時間で消えていく忘れてもいい「短期記憶」と、長い間記憶し続けたい「長期記憶」があるとのこと。どんな記憶がどういう経過で短期記憶と長期記憶に振り分けられるのでしょう。

 

子どもの頃や若い頃なら新しい歌やアニメ・ドラマの台詞などを苦も無く憶えられたのに、歳を重ねるほどに憶えにくくなったと感じる人は多いと思います。小学校、中学校の校歌なら憶えているのに、高校や大学の歌となると忘れているという話もよく聞きます。身体に染み込んでいるずいぶん前の流行語がすらすら出てくる一方で、新しい流行語を使いこなすのは大変です。また年々、ちょっとの間そこに置いたつもりで忘れてしまう等のうっかりが増えることは、中高年の人なら誰もが経験していると思います。

 

また、それまで全く経験がなかったことは憶えていても、慣れるほどに忘れることは多いです。初めてのキスを憶えている人は多くても、5回目のキスを憶えている人はぐんと減るでしょう。初出勤の服を憶えていても、10日前の出勤の服は忘れている等、記憶に残りやすいのは、初めての経験だと言えるでしょう。

 

つまり、人間の記憶はある程度の年齢を超えると、初めての経験が減る一方、多くの経験は日常の経験となり、大事な記憶かどうか自分の意思で振り分けるのが難しくなってしまうものかも知れません。そうなると、昔の1年は長く感じる一方で、最近の1年が短く感じるのも当たり前と言えそうです。

 

もちろん、これらの記憶は別の何らかの要因で、憶えていたい優先度が変わることもあります。例えば、自分は忘れていたけれど、憶えていた人から直接話をされて思い出して以降忘れられなくなったとか、自分としては当たり前だと思っていたことが周囲の考えと全く違っていたと気づいて肝に銘じだとかもありそうです。それでも、かなり限定的なことだと思います。

 

3.記憶の入り具合

ところで、人間の記憶の質は一生を通じて同じでしょうか。できるだけ多くのことを自分に取り込むため五感を全開にしていた思春期や青年期と、多くのことが当たり前に思えて変化に鈍感になりやすい中高年とでは、取り込む情報の質や精度が違っているように思います。

 

素数に例えるなら、感受性の強い思春期の記憶が8K(7,680×4,320ピクセル)の映像で、ぼんやりしてしまいがちな中高年期の記憶がVGA(640×480ピクセル)の映像のような差があるのかも知れません。そして、時間の経過で薄れる記憶が画像の解像度を低くしていくことに似ているなら、画像がぼやけてわからなくなりやすいのは当然VGAの方でしょう。

 

また、粗い画像より精密な画像を大事にしたい思いが無意識に働いて、粗い画像を優先して削除していくこともありそうです。そうなると、最近の記憶は失われやすい上、記憶は残っても印象の弱い1年が出来上がり、1年を短く感じてしまうのかも知れません。

 

人類にとって必要不可欠なシステム

以上3つの理由を書いてきましたが、考えようによっては、齢を重ねるほど1年を短く感じるシステムは人類にとって必要不可欠にも思います。

若い時には、その一瞬一瞬をひたすら懸命に生きる。

経験を積んだベテランは、一瞬一瞬を懸命に生きた記憶から良し悪しをふるい分けて、正しいと思われることを選び、これから先に光を当てる。

これは人類にとって理想的な世代間の役割分担かも知れません。

 

ただ残念ながら、常にこのシステムが正しく機能するわけではありません。「今の若者は…」という中高年の愚痴はエジプトの古代文明の時代からあったそうですし、中高年が打ち立てた指針に従った結果多くの若者の命が失われた時代もありました。逆に若者が中高年の考えを乗り越えて行動を起こし、新しい時代を呼び込んだ歴史もあります。

 

それでも、次の世代に自らの世代の経験を語ることは、いつの世も大事な営みでしょう。

「1年は長い」とうつむく若者に、「1年なんてあっという間だ、備えを軽んじてはいけない」と語る大人がいなければ、若者はいつまでも懸命に手探りを繰り返すしかなくなります。大人の話を聞いて、若者が賛同するか反発するかはそれぞれでしょうが何らかの手がかりにはなるはずですし、歴史はそれを繰り返しながら進んできのだと思います。

 

むしろ、誰もが1年を同じ長さに感じることの方が怖い気がします。

齢を重ねるほど1年を短く感じる理由は、人類の存続と繁栄のためとも言えそうです。